歴代天皇107 後陽成天皇

歴代天皇107 後陽成天皇

誠仁親王の第1王子,母は新上東門院晴子(勧修寺晴右の娘)。初め和仁,慶長3(1598)年12月周仁と改名。天正14(1586)年9月17日立親王。同7月父親王が皇位を継承する前に亡くなっていたため,11月7日正親町天皇の譲位を受けて践祚,同25日即位。

慶長16年3月27日政仁親王へ譲位。 その在位期間は豊臣秀吉による天下統一,徳川家康による江戸幕府創設といった時期であり,また戦国期を辛くも生き延びた天皇を始めとする朝廷社会の復権の時期であった。

しかし,天正14年12月19日太政大臣に任じられた秀吉は,前関白近衛前久の娘前子を猶子とし,新天皇の女御として入内させ,外戚の地位についた。

同16年4月14日の聚楽第行幸は,その行列の華やかさとは裏腹に,秀吉の書いたシナリオ通りに,豊臣政権の実質的な成立を天下に知らせる一面すら持っていた。

一方,慶長14年6月の宮女密通事件に対する幕府の措置への不満から,天皇は譲位をほのめかしたものの,家康により延期させられた。翌15年譲位を巡る確執は,近衛信尹の日記『三藐院記』に「たゝなきになき申候」とあるように,結果的に家康に屈伏せしめられた

朝廷の経済的な復興とあいまって,天皇の即位と譲位や,あるいは古代以来天皇の役割であった改元や官位叙任権までが,幕府主導で再編成されていくこととなった。

学問を深く愛した天皇は,『古今和歌集』の秘訣を伝える細川幽斎が関ケ原の戦で丹後田辺城に籠城したため,助けようと勅使を派遣したことで知られている。

また,木製活字を作らせ印行させた『日本書紀神代巻』『古文孝経』などは,慶長勅版として高く評価されるものである。詠歌に『後陽成院御製詠五十首』,日記に『慶長六年正月叙位記』などがある。

 

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