デジタル帝国主義戦争

デジタル帝国主義戦争

【Front Japan 桜】新党名決定! / 田村秀男~米中が突き進むデジタル帝国主義戦争 / アイヌは「先住民族」ではない! / 米朝会談決定とマスメディア 他[桜H31/2/7]

 

 

キャスター:水島総・浅野久美

■ ニュースPick Up
・新党名決定!
・アイヌは「先住民族」ではない!
・米朝会談決定とマスメディア
・「固有の領土」ではなくなった北方領土
・辻元献金問題と生コン「労組」逮捕
・今週の文春・新潮

■ 米中が突き進むデジタル帝国主義戦争
ゲスト:田村秀男(産経新聞特別記者・編集委員兼論説委員)

 

自動更新より「割安」ノートン セキュリティ 2,980円~

 

アイヌ利権

 

北海道の予算から「就職奨励事業費補助金」が公益社団法人北海道アイヌ協会に支出されている。これは「アイヌ住民が就職のために必要とする経費(就職支度資金)、及び自動車等運転免許を取得するために必要とした経費(自動車等運転免許取得資金)に対して」支給されるものである。

就職支度資金は、中学校を卒業して就職したアイヌ住民に対して2万3100円までの金額が支給されることになっている。しかし、今の時代中学校で学歴を終える人はほとんどいないためか、2014年度は支給実績がない。

一方、自動車等運転免許取得資金は各種自動車運転免許、船舶免許、クレーン運転免許の取得費用に対して、5万円までが補助される。この事業については、2014年度は21件、合計105万円が支給された。

他にもアイヌに限定した特別の制度として、高校生への補助(アイヌ子弟高等学校等進学奨励費補助)、大学進学者向けの奨学金(アイヌ子弟大学等修学資金等貸付制度)がある。これも北海道が行う事業だが、費用のうち半分は文部科学省から国費が支出されている。

この制度の対象は、もちろんアイヌの子弟であって、「経済的な理由により進学後修学が困難な者」であるとされる。ということは、単にアイヌであるというだけでは対象とならず、所得制限がある。その基準額は家庭環境によって変わるが、例えば親2人子1人のサラリーマン家庭で公立高校に自宅から通学している場合、他に特別な事情がなければ、おおむね年収600万円である。家族が増えれば、この基準額はもっと高くなる。

北海道の平均世帯年収は2014年で592万円なので、基準額はそれを軽く上回っている。平均世帯年収は極端に高収入な世帯が押し上げている実態があるので、ほとんどの家庭の収入は平均以下である。そのため、所得制限は「経済的な理由により進学後修学が困難」な人に支給するためというより、比較的高所得の家庭を除外するためといった意味合いが強い。

2014年度の実績では418人がアイヌ子弟高等学校等進学奨励費補助の支給対象とされた。支給総額は8477万9934円であり、うち4238万9965円が国費であった。1人あたり平均で年間約20万円が支給された計算である。

一般向けの同様の制度としては、文科省が都道府県を通して行っている高校生等奨学給付金制度があるが、これは生活保護受給世帯か、低所得のため住民税が非課税とされた世帯が対象であって、支給額は1人あたり年間3万2300円(生活保護世帯)または3万7400円(住民税非課税世帯)である。しかも、この制度は、公立高校に通う生徒だけが対象だ。対して、アイヌの制度は私立高校も対象となっている。

2つの制度を比較すると、アイヌを対象とした制度が支給条件においても金額においても、いかに破格であるか分かるだろう。

また、アイヌ子弟大学等修学資金等貸付制度では同じ年度に100人が対象となり、合計8262万6821円、1人あたり平均で約80万円が無利子で貸与されている。対象の所得制限はアイヌ子弟高等学校等進学奨励費補助と同じである。

この制度は、「貸し付け」ということになってはいるが、かつては実質的にはほとんど給付金であった。2009年に小野寺おのでら秀まさる道議会議員(当時)がこの問題を道議会で追求し、道側は1982年から2007年まで貸し付けられた合計24億9171万円のうち、21億1612万円もが減免されていたと答弁している。例えば、1人世帯なら年収が585万円以下であれば返済が免除されるというように、返済の減免基準が非常にゆるかったためだ。

このためか、2011年度の貸し付けからは減免基準が徐々に厳しくなり、現在では年収300万円以下の状態が5年間継続した場合となっている。しかし、日本学生支援機構の奨学金が、単なる生活困窮では原則として免除されないのに比べれば、破格の条件である。

これ以外に、市町においては住宅の新築、改築にあたっての貸付金制度が存在している。貸し付け条件はどこの市町でもほぼ同じで、現在のところ新築の場合上限は760万円、年利は2%である。

この事業は最盛期である1980年代には年に100件以上の貸し付け実績があったが、2014年にはわずか3件にとどまっている。ご承知の通り、昨今は低金利政策が長らく続いており、住宅ローンの金利も過去最低水準である。よって、そこそこの信用力があれば2%よりも低い金利で、なおかつ固定金利で民間の銀行から借りることができるので、行政の貸付金制度の存在意義はかなり薄れている。

個人給付的な事業以外では、ケタ違いの税金が投じられている事業がある。例えば「アイヌ農林漁業対策事業」だ。これは、アイヌ農林漁家の戸数が原則として3戸以上ある地区を対象として市町村が実施する事業に対し、3分の2の予算を国が負担するものである。農林水産省か所管しており2011からは「特定地域経営支援対策事業」という名称に変わり、沖縄に対する農業対策とセットになった。2015年には2億2800万円の予算が組まれている。

しかし、この事業については「アイヌ」と名がつくものの、その中身は例えば東日本大震災で被災した漁業施設の復旧等にも使われており、アイヌ利権というよりは、アイヌを名目に地域対策の予算を国から得ているようにも見える。

また、産業対策として「アイヌ中小企業振興対策事業」というものがある。これは「ふるさと名物応援事業」という名目で、中小企業庁からアイヌ民工芸品の振興のために特定の企業・団体支出されるものである。2015年の予算は716万5000円であり、支出対象はアイヌ協会1団体だけである。

この事業については、実質的にはアイヌ協会を対象とするために続けられているようで、アイヌ利権というよりは「アイヌ協会利権」と言うのが適当かも知れない。

さて、これらの制度が何をきっかけに、いつから始められたのか。実は、その歴史をひもといていくと、必ず「同和問題」にぶつかるのである。

本州で行われた同和事業を知っていると、北海道で行われているアイヌ向けの事業が同和事業に非常によく似ていくことに気づく。似ているどころか丸っきり同じものもある。それは当然のことで、アイヌ事業と同和事業は歴史的にも政治的にも互いに影響しあってきた。

 

自動更新より「割安」ノートン セキュリティ 2,980円~

 

同和事業と共通するアイヌ対策
国家事業として行われた同和事業は、「歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域」(いわゆる「同和地区」)を対象として1969年から2002年まで行われた。

対象となる同和地区は、古文書や口伝を手がかりに、かつての穢多えた村など、差別されている地域を地方自治体が認定し、それを国(当時の総理府の同和対策室、後の地域改善対策室)に報告する形で把握された。施策の対象者の認定方法は地域や時期によってまちまちであるが、多くの場合は、事実上同和地区関係者により組織された民間団体である部落解放同盟によって認定されていた。

同和事業のうち、個人給付的なものとしては、就職支度金、運転免許の取得費用の補助、進学奨励金、奨学金といった制度があり、これは北海道で現在アイヌに対して行われている施策とよく似ている。

これらの施策は、国による同和対策事業が終わった現在でも、市町村によっては一部が残っている。しかし、「逆差別である」「時代遅れである」「格差が解消した」「別の制度で代替できる」といった理由で、これらの制度を廃止する自治体が年々増えているのが現状である。少なくとも、都府県単位ではもはや残っていない。

例えば、鳥取県米子市では2009年度まで同和地区の高校進学者には月8000円の進学奨励金が支給されていたが、2010年度から国の高校無償化制度が始まったことを受けて廃止した。

しかし、事実上の国費による事業が残っている分野もある。例えば、厚生労働省が管轄する隣保館事業である。同和対策で設置された福祉施設である隣保館の運営費用の3分の1について、未だに国が予算を支出し続けている。

この事業は同和対策事業が始まる以前の、1960年から「地方改善事業」という名称で続けられてきたものである。つまり、名目上は同和対策事業とは関係なく行われてきたため、残ることになったのだろう。

実はこの事業、本州以南では事実上の同和対策だが、1961年に地方改善事業費に「ウタリ対策福祉費」が盛り込まれて以降、北海道ではアイヌ対策として行われている。北海道の各地にある「生活館」という名称の施設は、厚生労働省では隣保館として位置づけられていて、同和対策の隣保館と同じく現在でも国費が投じられている。

 

「被差別集団」が結束

 

1997年に人権フォーラム21が設立され、当時の笹村ささむら二朗じろうウタリ協会理事長が副代表となった。人権フォーラム21とは、反差別国際運動(IMADRイマダ)日本委員会委員長である武者小路むしゃこうじ公秀きんひで氏が設立した団体である。IMADRとは、解放同盟が1988年に設立した国際NGOである。

 

なぜ、アイヌ協会が解放同盟との関係を深めたのか? これは、1969年の秋田議員の話からもうかがえるように、アイヌの側から同和に寄ってきたのではなく、同和の側がアイヌに寄ってきたと見るべきだ。特に顕著になったのは、1974年で、この年、部落解放同盟大阪府連合会に「政治共闘局」が作られ、様々な団体との共闘が試みられた。その課程で「被差別統一戦線」なるものが提唱された。これは、解放同盟が彼らの基準で「被差別者」とされる集団が結集し、「被差別共闘」を行おうというものである。そのターゲットとなったのは、在日朝鮮人、障害者、沖縄県民、アイヌ、女性、原爆被爆者である。

 

 

月刊部落解放(1974年12月)で、後に部落解放同盟中央本部書記長となる小森龍邦たつくに氏が、アイヌとの共闘について報告している。小森氏が訪問したのは平取びらとり町で、そこで当時ウタリ協会副理事長だった貝澤かいざわ正ただし氏と面談した。報告にはこうある。

「ウタリ協会の「ウタリ」という言葉は、どんな意味かと私が尋ねた。アイヌ語で、仲間、同志、親戚という意味をもっていると説明を加えながら、アイヌ協会といってもよいのだが、刺激が強いというので、少し柔く表現しているのだと答えた。そこには、アイヌ出身をかくして一日もはやく、大和民族に和合し、倭人わじん化しようとするアイヌ人の今日の姿がある。大部分のアイヌ人が「寝た子を起こすな」意識に侵されている」

「寝た子を起こすな」という言葉は、同和問題に関わるキーワードの1つだ。解放同盟は「そっとしておけば差別はなくなる」という態度をこの言葉を用いて徹底的に批判し、自ら被差別部落であることを明らかにすることを要求した。これが「寝た子を起こせ」ということである。同和対策の優遇措置を受けるためには、当然、どこが被差別部落であるかを特定しなければいけないのだから、重要なことだった。

さらに、小森氏はアイヌ子弟への奨学金のあり方にも疑問を呈している。当時、アイヌの高校生に進学奨励金が支給されていたが、これは親と行政のみが知っており、本人と学校には秘密にするという方法を取っていた。一方、同和対策の奨学金は大っぴらに行われており、「解放奨学金」と呼ばれ受給者による大会まで行われていた。

そんな小森氏が1つだけウタリ協会を評価していたのは、誰がアイヌかという認定をウタリ協会が行っていたことである。これは解放同盟が言うところの「窓口一本化」の実現であり、「部落民」の認定を解放同盟だけが行う体制を目指していた解放同盟にとっては理想的な状態であった。

さて、その後、解放同盟広島県連がアイヌ青年を研究集会に招待するという形で、解放同盟とウタリ協会の交流が続けられた。

そうして広島に招待されたアイヌの中でも、最も強く感化されたと思われるのが、後にウタリ協会理事となる成田なりた得平とくへい(1990年に秋辺あきべに改姓)氏である。成田氏は1974年7月27日に解放同盟に招かれて「アイヌ解放と被差別人民との連帯」と題して、広島県立体育館で講演を行った。そこで、「今後、部落解放運動がほんとうに人間解放に向っていく時、我々は大いに道庁することにやぶさかではございません。いつでも手を取り合って連帯していくことを大いに希望いたします」と語っている。

それから10年以上後のことであるが、ウタリ協会は「寝た子を起こす」試みを実践し始める。1988年の定期総会で、「北海道アイヌ協会」と名称を変更することが提案されたのである。そこで、会員へのアンケートが実施されたのだが、これが惨憺さんたんたる結果であった。

500世帯にアンケート葉書を送付したところ、回答率がわずか18%であり、しかもアイヌ協会と名称変更すべきと答えたのは9世帯だけであった。結局、この問題についてほとんどの会員は無関心、関心があったとしても現状維持が圧倒的多数だったのである。当然、名称変更は断念された。

その後、何度が名称変更が提案されたのだが、その度に否決されるという有様だった。

この名称変更は非常に根の深い問題だった。戦後まもない1946年に「アイヌ協会」という名前でアイヌの団体が結成されているのだが、最初のアイヌ協会はやがて立ち消えになっていまった。そして、1960年に再建されたが、その時に名称を「ウタリ協会」とした。

これは貝澤正氏の話にもあった通り、多くのアイヌが、アイヌ語で人(特に男)を意味する「アイヌ」という言葉に強い抵抗を持っていたためである。それは最も直接的にアイヌを指す言葉であり、それゆえに侮蔑ぶべつ的な意味で使われることもあったし、何よりもアイヌがアイヌであるということに誇りを持っていなかった。

ホテル料金比較『トリバゴ』

そこで、同胞を意味する「ウタリ」という言葉を使うことになった。これは当時徹底されていたようで、1965年には学校においてもアイヌという言葉を避けてウタリを使うように、協会が要請していたという。

結局名称変更が実現したのは、2008年6月6日に国会で「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が採択された翌年の2009年4月1日のことである。

さて、話が前後してしまうが、ご承知のとおり1997年5月14日にアイヌ文化振興法が制定され、旧土人保護法は廃止された。しかし、実際に制定されたアイヌ文化振興法には、ウタリ協会が求めたものとは大きな差があった。

1984年にウタリ協会がアイヌ新法案を決議したのだが、それが大きく分けて6つのことを要求していた。1に差別の撤廃、2にアイヌ民族議席の確保、3にアイヌの教育・文化の振興、4に農地の確保・漁業権の付与など産業振興と労働対策、5に民族自立化基金の創設、6に審議機関の設立である。このうち、アイヌ文化振興法に明示的に盛り込まれたのは3,6の要求である。

1は自明のことであり、なおかつ旧土人保護法の廃止により名実ともに行政上の施策からは差別は撤廃された。しかし、2は後述する憲法上の問題があり、4,6も現実的ではなかった。

結局、同和対策のように、法律上の根拠を作って産業振興のために国から莫大な予算を得る試みは実現できなかったと言える。

はっきり言ってしまえば、大多数のアイヌは現在のアイヌ文化振興法に書かれていることに関心はないだろう。そういった意味では、1974年にウタリ福祉対策が始まって以降、多くのアイヌが新たに得た「利権」はなく、利権は年々縮小するのみである。一方、ウタリ協会からアイヌ協会への名称変更などアイヌ文化振興法制定後の動きは、多くのアイヌがほとんど関心を持たない中で、トップダウンで行われたもので、関心のある一部のアイヌだけが利権を得たと言える。

アイヌ利権は全国に広がるか?
2008年のアイヌ先住民族決議以降、国では「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」が開かれ、2009年7月29日に同懇談会から報告書が発表された。しかし、個人給付的な事業について、新たな事業が具体的に提案されることはなかった。

その後、「アイヌ政策推進会議」が開かれ、2012年6月1日に「「北海道外アイヌの生活実態調査」を踏まえた全国的見地からの施策の展開について」と題する報告書が発表されている。そこで提言されているのは、前出のアイヌ子弟大学等修学資金等貸付制度を北海道外のアイヌにも適用することを検討するというものだ。

 

ホテル料金比較『トリバゴ』

 

その結果、2014年から日本学生支援機構(JASSOジャッソ)の無利子奨学金(第一種奨学金)の支給要件は、大学生の場合高校での成績が3.5以上必要なところ、アイヌの場合は3.0に緩和された。

JASSOによれば、制度開始後、アイヌ協会の推薦を受けて申請した学生はいたが、そのケースでは学力が一般の受給要件を超えていたため、制度の対象とする必要がなかった。そのため、2015年11月6日現在、アイヌ向けの支給条件緩和制度を適用した事例は1件もないという。

アイヌに対する個人給付的な優遇策に共通する一番の問題は、誰がアイヌかということを、どのような基準で誰が認定するのかということだ。

結論を言ってしまえば、「アイヌの血族(養子は一代限りとする)又は当該者(養子を除く)と婚姻により同一の生計を営んでいる者」という基準で、事実上「公益社団法人北海道アイヌ協会」が認定するのである。

このことは、2014年2月26日に「アイヌ政策関係省庁連絡会議申合せ」として公開された「北海道の区域外に居住するアイヌの人々を対象とする施策の対象となる者を認定する業務についての実施方針」に書かれている。

なぜこのような基準になったかというと、例えば前出の運転免許取得費用の補助や進学奨励金のように、従来から北海道で行われている施策では、アイヌ協会がアイヌの認定を行っており、そのアイヌ協会による基準を追認したからであろう(ただし、北海道の施策では市町村長にもアイヌの認定を行う権限がある)。

それにしても、「血族」「養子を除く」といった言葉が入る認定基準には危険な響きがある。憲法14条1項には「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」とあり、アイヌであるかどうかという基準を「血」に求めるのであれば、人種による差別とされるおそれがあるだろう。

この憲法問題についてアイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会の報告書は「事柄の性質に即応した合理的な理由に基づくものであれば、国民の一部について、異なる取扱いをすることも、憲法上許されると一般に解されており、既述のようにアイヌの人々が先住民族であることから特別の政策を導き出すことが「事柄の性質に即応した合理的な理由」に当たることは多言を要しない」としている。

しかし、アイヌ優遇制度がなかなか拡大しない背景には、前述の憲法問題によるリスクを嫌って官僚が二の足を踏んでいることがあるのではないだろうか。いくら「多言を要しない」と言ってみたところで、アイヌかどうか非常に微妙な判断を迫られるケースが生じた場合や、憲法14条1項の問題が争点となれば、多くの言葉で説明することを試みざるを得ないだろう。

実際、同報告書は「国会等におけるアイヌ民族のための特別議席の付与については、国会議員を全国民の代表とする憲法の規定等に抵触すると考えられる」と、アイヌ議席については違憲であることを認めている。そうであれば、福祉政策についても憲法問題が生じる可能性があると考えるのが自然だ。

例えば、自動車の運転免許の取得は、どう考えてもアイヌの文化や先住民族とは全く関係がない。まさか自動車の運転がアイヌの文化ではないだろう。

高校・大学の進学についてはどうか。そもそも、同報告書は明治以降に行われた日本語を中心とした教育について「同化政策」と批判している。

仮に「「倭人」がアイヌの文化を奪ってきた、その理不尽な扱いに対する贖罪しょくざいなんだ」としても、未来永劫えいごう子々孫々に至るまで続けることには合理性がないように思う。同和対策でさえ、少なくとも政府としては「過去の差別の贖罪」として事業を行ったわけではなく、「現存する低位な状態を解消する」という名目だった。だからこそ、同和対策は時限立法だったのである。

前出のように、過去には「民族存続の問題なので、同和対策のように時限立法にすることは間違いだ」という議論もあったが、末代まで「倭人」の援助で自動車の運転免許を取ったり、「倭人」の学校に通ったりすることがなぜ「民族存続」と関係があるのか、理解することは困難だ。

JASSOの第一種奨学金支給要件には「被爆者の子女」「中国帰国孤児の子女」に対する優遇策もあるが、これらでさえ2代限りであり、いずれ死文化することは確実だ。そういった意味でも、代々継承されるアイヌに対する優遇の特殊性は際立っている。

現状ではほとんどの優遇策は北海道内にとどまっており、ようやく北海道外に広げられた奨学金の優遇も、大した優遇ではない。しかし、優遇策がさらに拡大され、利用者が増えれば、問題が表面化する可能性もそれだけ高くなる。

今年から、北海道外のアイヌに対する就職支援事業が始まっているが、これが何ともお粗末なものである。

2015年3月6日に東京都中央区八重洲やえすにあるアイヌ文化交流センターで、「道外にお住まいのアイヌの方々のための職業訓練相談会」が行われた。対象は「道外にお住まいのアイヌの方で、就職のために職業訓練の受講を検討されている又は関心をお持ちの方」とされる。しかし、それは全く名目だけのことである。

実際に会場に行くと、ぽつぽつと相談に訪れる人がいる状態であるが、実際のところ相談対象はアイヌに限定されていない。もちろん、相談者がアイヌかどうか確認されるわけでもない。その場で渡されるのは、アイヌとは全く関係ない、一般向けの職業訓練施設(ポリテクセンター)のパンフレットである。相談できる内容もアイヌとは全く関係ない、それこそ最寄りのハローワークでもできそうなものだ。

何かしら、アイヌに対する特別の「何か」がないのか? その場にいた相談員に聞いたところ、はっきり言ってそれはないと、きっぱりと言われてしまった。

「北海道で、アイヌの方が住んでいる「アイヌ地区」の住民を対象とした施策はありますが、今のところ北海道以外で特別な施策はありません」

ということなのである。

ホテル料金比較『トリバゴ』

 

それでは、ハローワークでも出来るような相談会を、わざわざアイヌ文化交流センターで行うことに何の意味があるのか。その点を相談員に問うと、

「こういった場所でないと相談する機会がないアイヌの方もいらっしゃるので…」

といった具合である。しかし、もちろんアイヌだからハローワークに行けないということもないし、多くの人にとってはアイヌ文化交流センターに出向くことの方が敷居が高いように思える。

思うに、「アイヌ政策」を具現化することが非常に難しいので、とりあえずアイヌ文化交流センターという、アイヌに関わりのある施設で「何か」を行うことで実績を作りお茶を濁した、ということではないだろうか。

しかし、それでも「アイヌ利権」拡大の動きはしばらくは止まらないだろう。

「アイヌ利権」が何が問題なのかというと、たとえ些細な事であっても「アイヌと和人は平等だ」とは言えなくなってしまうことだ。同和行政においては、一応は「平等」という建前があったが、アイヌ施策においては、もはや平等ということは考慮されていないように思う。「アイヌは特別だ」「アイヌは違うんだ」そのような主張が前提となっているように思える。

田村秀男カテゴリの最新記事