1956年の「島ぐるみ闘争」の再来

米海兵隊の普天間飛行場移設の展望が開けない。どうなるのか。

 

 

【Front Japan 桜】沖縄問題に見る日米安保の正体 / 沖縄の民意は真摯か[桜H31/3/1]

キャスター:上島嘉郎・佐藤健志

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■ 沖縄問題に見る日米安保の正体

■ 沖縄の民意は真摯か

 

1956年の「島ぐるみ闘争」の再来である。

 

米海兵隊の普天間飛行場移設の展望が開けない。どうなるのか。
私は、これまで普天間の辺野古移設を推進してきた。普天間飛行場の3分の1の面積の滑走路を海上に作って、騒音と事故の危険性を人口密集地帯から海上に出すという案だ。住民の安全を考えれば、現状よりはるかにいいに決まっている。しかし、2011年に衆議院の、2012年に参議院の、それぞれの予算委員会に参考人として出席した際には、もはや辺野古移設は強行すべきでないと意見公述をした。なぜか。

沖縄では、従来は辺野古移設について容認派が3分の1、反対派が3分の1、中間派が残り3分の1であったが、2009年に鳩山由紀夫首相が「最低でも県外」と宣言したことにより、ほとんど沖縄全体が辺野古反対に回ってしまったからだ。

無責任な民主党の政策であった。普天間の代替地を県外に見つけるのは至難の業だ。理由は簡単で、普天間飛行場に配備されているヘリやオスプレイは海兵隊の「足」であり、海兵隊本体から切り離して遠隔地へ持っていくわけにはいかない。移すなら海兵隊全体だ。瑞慶覧の司令部もキャンプ・ハンセンとキャンプ・シュワブの演習場と諸施設も。

民主党政権は鳩山発言の尻拭いのために、40カ所以上の候補地を沖縄の外に探したが結局見つからず、2010年5月に鳩山首相は県民にわびて、やはり沖縄で受け入れてほしいと頭を下げた。

県民の気持ちは元へ戻らない。例えていえば、こういうことだ。県民がレストランで渋々ながらも食事をしようとしていたところへ民主党がドカドカと入り込んできて、「ここのレストランはまずい。外にたくさんいいレストランがあるからそこへ行きましょう」と客を外へ連れ出した。しかし、そんなレストランがあるはずもなく、結局、元のレストランに戻ってきたが、もう食べ物は古くなり、誰も食べる気は失った…。

沖縄の反基地闘争に本土から多数の活動家が参加していることは私も目撃してきた。彼らが目指すのは、普天間全面返還だけではない。沖縄の反基地闘争と混乱を激化させて、全ての米軍基地、特に東半球最大の米空軍基地「嘉手納基地」の撤去にまで至ることだ。

このまま政府と沖縄の対立が長引いて膠着状態になり、万が一にもオスプレイが重大事故でも起こせばどうなるか。沖縄は、大変な事態になる。1956年の「島ぐるみ闘争」の再来である。

 

抑止力

 

典型的なのは、第7艦隊だ。原子力空母ジョージワシントン以下の大艦隊は、艦載機も含めれば、ハードウェアだけでも数兆円近くの巨費がかかっている。その第7艦隊を首都東京に近接する横須賀に配備していることが、「日本を防衛するぞ」というアメリカの強い意志表示となって周辺諸国に伝わっている。こうしたアメリカの日米安保体制へのコミットメントそのものが、抑止力の本質なのである。

 

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抑止力とは、つまるところ、周辺諸国が「日米安保体制は確実に発動される」と思うかどうかの心証、つまりパーセプションにかかっている。他の国々が「発動される」と思わなければ、その時点で安保条約は一片の紙切れとなる。つまり、周辺諸国がいささかの疑義も差し挟まないような、日頃からの緊密な日米同盟関係こそが日本の抑止力の根幹なのである。

ところが、混乱のうちに軍事的合理性がない撤退が沖縄から行われた場合には、抑止力には大きな穴があいてしまう。周辺諸国が力の空白を感じるからだ。これまで中国は、ベトナムから米国が撤退した後にパラセル諸島を、ロシアが撤退した後にジョンソン環礁を、フィリピンから米国が撤退した後にミスチーフ環礁を、それぞれ武力でベトナムとフィリピンから奪ってきた。

「米軍が沖縄から追い出された」と中国が受け止めれば、彼らが尖閣諸島を武力で奪う可能性は格段に高まるだろう。いったん尖閣に上陸された後に、侵略軍を放逐するのはとても難しい。戦後初の戦死者を覚悟しての中国との戦闘になる。日本はそれをやれるだろうか?結局、「粘り強く交渉していく」という日本の得意のパターンの政策となり、竹島と同様に、中国が尖閣を実効支配する状況が定着してしまう可能性だってある。

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