允恭天皇

歴代天皇19允恭天皇

第 19代に数えられる大和朝廷の天皇。名はオアサヅマワクゴノスクネノミコト。仁徳天皇の第4皇子,母は皇后イワノヒメノミコト。   大和遠飛鳥宮に都し,皇后はオサカノオオナカツヒメノミコトという。兄反正天皇に次いで即位。皇位相続に兄弟相承の初例。氏姓の混乱を正すため,盟神探湯 (くかたち) を行なったと伝えられる。陵墓は大阪府藤井寺市国府の恵我長野北陵。 水歯別命(ミズハワケノミコト)こと、第十八代反正天皇(はんぜいてんのう)の後を、弟の男浅津間若子宿禰命(オアサツマワクコノスクネノミコト)が皇位を継ぎます。第十九代允恭天皇(いんぎょうてんのう)です。第十六代仁徳天皇の御子であり、第十七代履中天皇、第十八代反正天皇の同母弟にあたります。 主な御子に木梨之軽王(キナシノカルノミコ)、黒日子王(クロヒコノミコ)、穴穂命(アナホノミコト、第二十代安康天皇(あんこうてんのう))、軽大郎女(カルノオオイラツメ)、白日子王(シラヒコノミコ)、大長谷王子(オオハツセノミコ、第二十一代雄略天皇(ゆうりゃくてんのう))がいます。 允恭天皇は、はじめ皇位の話が来た時、自身の長く患っている病を理由に […]