在日朝鮮人に乗っ取られたTBS

在日朝鮮人に乗っ取られたTBS

朝鮮総連の巧妙な圧力から、無試験の在日朝鮮元TBS社員の告白

人枠を設けたTBSが除々に在日朝鮮人に乗っ取られてしまった。

1960年

テレビ放送が始まってまもなくの頃、放送中のちょっとした言葉づかいの問題(例えば「朝鮮民主人民共和国」を“北朝鮮”と呼んでしまった、など)に対して、朝鮮総連から会社及び経営幹部の自宅に対して脅迫に近い抗議行動が繰り返される。彼等はヤクザまがいの風貌で自宅にまで押しかける。
抗議行動に対する「手打ち」として、採用枠に“在日枠”が密かに設けられた。

総連幹部の子弟を中心に入社試験無し(カタチだけの面接)での採用が毎年続く。 在日枠の密約を所轄官庁に対して内密にしてもらうよう局側から総連に「お願い」をしてさらに弱みを握られるなど、素人のような甘い対応で身動きがとれなくなっていく。

1970年代

 在日社員の「反日番組」を「権力に対するペンの戦い」「調査報道」と勘違いした経営幹部が 社内で在日を積極登用。「日本人社員と在日社員に昇進の差別があってはならない」 などと理想論を述べたのは良かったが、結果を見れば昇進差別をしなかったのは甘い、課長、部長と昇進した在日社員は、帰化した在日二世を理不尽なまでに優遇する逆差別人事を徹底。

異を唱えた日本人社員は徹底的にマークされ、営業や総務など番組制作の第一線から退けられる。 

1980年代~90年代 
昇進した在日社員が主要な報道番組のプロデューサーや報道局長など、 決定的なポストを占める。某サヨク週刊誌の在日の朝鮮人編集長(筑紫哲也)をキャスターに迎えたニュース23の番組が学生時代に学生運動に没頭した団塊の世代の視聴者の支持により高い視聴率を得る。

1989年の参議院議員選挙では「土井社会党」「マドンナブーム」を「消費税反対キャンペーン」 で徹底的に援護。 宇野総理のスキャンダルを連日報道し、社会党在日朝鮮人党首を徹底して 「おたかさん」と呼ぶなど、あからさまな社会党支持。 社会党が地すべり的な勝利。「山が動いた」と感動の報道。

 

1990年代~2000年代 
 偏向報道、捏造報道、取材情報を特定の勢力に提供するなど、 報道機関として存在を否定されかねない不祥事が続発。 ウチと同様に「左翼的」と呼ばれる朝日新聞、系列のテレビ朝日が、 どちらかといえば「北京の意」を汲んだ報道が多く、その手法が良くも悪くも緻密で計算高い のに対して、ウチの場合、この時期に発生した数多くのトラブルは、ほとんどすべてが 朝鮮半島絡み。 

不祥事の内容も、テロを実行した朝鮮カルトの手伝いをしたオウム事件を筆頭に、 粗雑で行き当たりばったり。 バブル崩壊以降の景気低迷で、ただでさえ厳しい広告収入が、 「サラ金」と「パチンコ」に大きく依存。まさに、在日朝鮮人の資金で在日朝鮮人が 運営しているのがウチの放送局。 2005年以降は、もっと露骨なカタチで在日のスターを「作り上げる」ような番組制作が 為されると思う。

このように各TV局は無試験入社で在日韓国朝鮮人の採用を毎年 続けました。

もちろん在日朝鮮人たちは日本戸籍をとり日本名で入ってきます。 いわゆる「なりすまし日本人です」。 その在日韓国朝鮮人社員が昇進して、主要な報道番組のプロデューサーや報道局長など1980年以降、決定的な権力を持ったポストに、つき始めました。

 

 

すなわち、在日韓国朝鮮人に各TV局は、乗っ取られていると云う事です。 その証拠に、韓流ブーム捏造と韓流ゴリ推しTVが、繰り広げられてきました。

恐怖を感じていたTBSはそれ以降、無試験入社で在日韓国朝鮮人の採用を毎年続けました。 この脅迫で味をしめた朝鮮総連は各局のテレビ局や新聞社をTBSと同じように因縁をつけて脅し、在日枠を設けさせたのです。

NHKも同じです。 こうして在日韓国朝鮮人のなりすまし日本人によって日本のテレビ局が支配されてしまったのです。

日本のメディアを支配した在日は日本社会における「獅子身中の虫」です。獅子の身中に住み込んで、これの恩恵を蒙っている虫が、かえって獅子の肉を食って、ついには獅子を死に至らしめる。

つまり組織などの内部にいながら害をなす者や、恩を仇で返す者たちです。
獅子が死ねば虫も死ぬということが何故わからないのだろうか?

在日に支配されたメディアは、戦争の恐怖を煽って安倍政権の足を引っ張り退陣させる動きを活発化させています。

•2007年4月 東京新聞に掲載された発言
o「通告と一緒に弾が来た」

•2007年12月5日定例記者会見
o「今クールは早く終わってくれないかなと思っている。視聴率表を見るのが憂うつ」(TBSが巨額を投じた秋のドラマ番組が全て低視聴率が続いている状況について)

•2007年6月6日定例会見
o「ばっかじゃないか。非常に腹立たしいし不愉快。(石川遼選手には)申し訳ない」(TBSの情報番組が、ゴルフのアマチュア選手権に出場した石川遼選手のプレー中の声を無断で拾うため、同じ組の選手にマイクの装着を依頼していた件について)

•2007年4月25日定例会見
o「TBSをバッシング風に取り上げるのは、おかしいのではないか。あらためて記事の軽重について、判断いただきたい」(TBSの度重なる不祥事に対するコメントとして)

o「賞味期限切れのチョコレートを再利用したという根幹部分は信用性が高いと考えている」(2007年1月22日放送のみのもんたの朝ズバッ!内で、不二家平塚工場の自称元従業員の証言をもとに、不二家が賞味期限切れのチョコレートを溶かして再加工したと報じた件について) – 2007年4月27日付J-CASTニュース

この発言を受け、不二家の信頼回復対策会議の元議長である郷原信郎弁護士は放送倫理・番組向上機構に調査・審理を要請した。
o「野球でスライディングして捻挫するようなケースもある」(新SASUKEなどのバラエティ番組で、出演者の負傷が相次いでいる件について)

•2004年9月29日定例会見
o「新しい業界の方が参加を希望することはプロ野球全体のためにはいいことだと個人的には思う」(球界再編について) – TBSニュースリリース 04年9月井上社長定例会見

o「各番組担当者一人一人のモラル、倫理観によるところはNHKもTBSも同じだ。全力をあげてその倫理観に訴え、また会社に対する忠誠義務に訴え、不祥事を避けたい」(NHKの不祥事について) – TBSニュースリリース 04年9月井上社長定例会見.
(Wikiより)

そしてオウム事件で殺害された坂本堤弁護士一家殺害事件の犯罪の元となったのがこのTBS。この事件から朝のワイドショーが廃止され、「はなまるマーケット」の番組になった。

坂本堤弁護士一家殺害事件(さかもとつつみべんごしいっかさつがいじけん)は、1989年(平成元年)11月4日に旧オウム真理教の幹部6人が、オウム真理教問題に取り組んでいた弁護士、坂本堤(当時33歳)と家族の3人を殺害した事件である。遺体が容疑者によって隠匿されたため、1995年9月に遺体が発見されるまでは失踪事件として扱われていた。

現場にオウム真理教のバッジが落ちていたが、神奈川県警察は「事件性なし」として、捜査を行わなかった。犯行が明るみに出たのは、1995年(平成7年)9月、実行犯の一人、岡﨑一明(後に宮崎に改姓)が自供したことによる。

毎日新聞では松本サリン事件、地下鉄サリン事件と並んでオウム「3大事件」(-さんだいじけん)と表現している。

TBSビデオ問題
1989年(平成元年)10月26日に東京放送(TBS)のテレビワイドショー番組『3時にあいましょう』が、当時社会問題化し始めていたオウム真理教問題について坂本堤へインタビューを行ったが、その情報を察知したオウム真理教幹部らが、TBSの千代田分室を訪れて抗議したことにより、坂本のインタビューの放送が中止された。

さらに、この時にTBS側がオウム真理教幹部に収録したインタビューのビデオを見せ、この後、同年11月4日に坂本弁護士一家殺害事件が発生した。

こうした経緯から、TBSは取材源の秘匿というジャーナリズムの原則に反しただけでなく、結果的に殺人幇助となり、一家失踪後もビデオをオウム真理教に見せたことを警察や弁護士会に伝えずにオウム真理教をかばい続けたと批判された。この影響により、『3時にあいましょう』の放送が打ち切られた。(Wikiより)

そして驚くことに、韓国の報道局が日本の報道局の中にあるという事実。




TBS名誉会長【井上弘】語録

・1998年 新人の入社式にて
「テレビは洗脳装置。嘘でも放送しちゃえばそれが真実」

・2002年 新人の入社式にて
「社会を支配しているのはテレビ。これからは私が日本を支配するわけです」

・2003年 新人の入社式にて
「日本人はバカばかりだから我々テレビ人が指導監督してやっとるんです」

・2010年 新人の入社式にて
「君たちは選ばれた人間だ。君たちは報道によって世の中を動かす側の人間。
 対して一般国民は我々の情報によって動かされる人間だ。
 日本は選ばれた人間である我々によって白にも黒にもなる」

井上弘TBS名誉会長
井上 弘(いのうえ ひろし、1940年(昭和15年)1月5日 – )は、株式会社東京放送ホールディングス
及び株式会社TBSテレビ代表取締役会長。茨城県出身。東京都立両国高等学校
東京大学文学部社会学科卒業。

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オウム事件で殺害された坂本堤弁護士一家殺害事件の犯罪の元となったのがこのTBS。

この事件から朝のワイドショーが廃止され、「はなまるマーケット」の番組になった。
坂本堤弁護士一家殺害事件(さかもとつつみべんごしいっかさつがいじけん)は
1989年(平成元年)11月4日に旧オウム真理教の幹部6人が、オウム真理教問題に取り組んでいた
弁護士、坂本堤(当時33歳)と家族の3人を殺害した事件である。
遺体が容疑者によって隠匿されたため、1995年9月に遺体が発見されるまでは失踪事件として
扱われていた。
現場にオウム真理教のバッジが落ちていたが、神奈川県警察は「事件性なし」として
捜査を行わなかった。
犯行が明るみに出たのは、1995年(平成7年)9月、実行犯の一人、岡﨑一明(後に宮崎に改姓)が
自供したことによる。
毎日新聞では松本サリン事件、地下鉄サリン事件と並んでオウム「3大事件」(-さんだいじけん)と
表現している。

TBSビデオ問題
1989年(平成元年)10月26日に東京放送(TBS)のテレビワイドショー番組『3時にあいましょう』が、当時社会問題化し始めていたオウム真理教問題について坂本堤へインタビューを行ったが
その情報を察知したオウム真理教幹部らが、TBSの千代田分室を訪れて抗議したことにより
坂本のインタビューの放送が中止された。

さらに、この時にTBS側がオウム真理教幹部に収録したインタビューのビデオを見せ、この後
同年11月4日に坂本弁護士一家殺害事件が発生した。

こうした経緯から、TBSは取材源の秘匿というジャーナリズムの原則に反しただけでなく
結果的に殺人幇助となり、一家失踪後もビデオをオウム真理教に見せたことを警察や弁護士会に
伝えずにオウム真理教をかばい続けたと批判された。
この影響により、『3時にあいましょう』の放送が打ち切られた。

 

 

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