フォンニィ・フォンニャットの虐殺

フォンニィ・フォンニャット良民虐殺事件、Phong Nhi and Phong Nhat massacre

 

フォンニィ・フォンニャットの虐殺(フォンニィ・フォンニャットのぎゃくさつ、퐁니•퐁넛 양민 학살 사건、フォンニィ・フォンニャット良民虐殺事件、Phong Nhi and Phong Nhat massacre)は、ベトナム戦争中に韓国軍が起こした一連の虐殺事件の一つ[3]。1968年2月12日に、南ベトナムクアンナム省フォンニィ・フォンニャット村で、大韓民国海兵隊第2海兵師団(青龍師団)(en)によって、非武装の民間人69-79人が虐殺された。2013年現在、大韓民国国防部は、韓国軍によるベトナム人虐殺・女性凌辱を否定する見解を示している。

 

「ベトナム虐殺被害者のための市民法廷」が第一歩を踏み出す

 

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タスクフォース提供//ハンギョレ新聞

「叔母を(ナイフで)突き刺し、遺体を燃やして、家にも全部火をつけてから村を去りました。兄は這って、私は歩いて、やっとのことで隣の家に逃げました」今月3日午前、ベトナム・ダナン市に位置したあるホテルの会議室で、グエン・ティ・タンさん(57)は、韓国弁護士たちの質問に答えながら、50年以上前の出来事を振り返った。白い紙の上に韓国軍から逃れようと隠れていた防空壕や家の位置などを描きながら、当時の状況を詳細に説明したタンさんは、証言の途中、苦しそうに俯きいて、何度もため息をついていた。3時間以上に渡り証言を続けたタンさんは、インタビューの最後、「ベトナム戦争に参戦した韓国軍たちがこの事件を否定するのを見て、どう思ったのか」という弁護士の質問に、すすり泣きながらこう答えた。「軍人たちに謝罪してもらえると思っていました。謝罪してもらったら、訊いてみたいことも多かったです。私の家族は皆幼い子どもだったが、どうして銃で殺したのかと。しかし、その機会さえありませんでした」

 

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民主社会のための弁護士会(民弁)の「ベトナム戦争時韓国軍による民間人虐殺の真相究明に向けたタスクフォース」(TF)所属の弁護士6人が、今月2~7日、ベトナム民間人虐殺の現地調査を進めた。「ハンギョレ21」が1999年に行った最初の報道で民間人虐殺問題が公論化されて以来、加害国である韓国の弁護士たちが現地で集団調査を行ったのは今回が初めてだ。民弁は、ベトナム被害者たちが大韓民国政府に対し、虐殺の責任を問う国家賠償訴訟を準備しているが、実際の訴訟に先立ち、模擬訴訟の「市民法廷」を企画している。市民法廷を通じて大韓民国政府の責任を明らかにし、その勢いに乗って実際の訴訟に乗り出す計画だ。民弁の弁護士たちは、ベトナム戦争当時、韓国軍の虐殺が集中的に行われたクアンナム省のフォンニィ・フォンニャット村とハミ村を訪れ、訴訟に必要な生存者たちの虐殺当時の具体的な証言と資料を集めた。

3日、弁護士たちはフォンニィ・フォンニャット村虐殺の生存者であるグエン・ティ・タンさんを訪れた。ダナンから南に25キロメートル離れたフォン二ィ・フォンニャット村は1968年2月12日、青龍部隊第1大隊1中隊によって老人、子供、女性など74人が虐殺されたところだ。当時、8歳だったタンさんも叔母や姉、弟など家族5人を失った。タンさんは「韓国軍が村に来た当時、防空壕に隠れていた。軍人らは防空壕から出てくる子供たちを庭に並べさせて、銃を撃った」と話した。弁護士たちはタンさんの供述の信憑性を高めるため、これまでの証言のなかで具体化させる必要がある部分を集中的に訊いた。実際の法廷で韓国軍の虐殺(違法行為)を立証するためには、被害者たちの細密な証言が必要だからだ。当時、負傷を着たタンさんと共にヘリコプターに乗って病院に同行したグエン・ティル・オンさん(78)は「タンは意識を失って倒れており、大量の血を流していた」と証言した。

4~5日にはハミ村を訪れ、虐殺当時の家族5人を失ったグエン・コ・イさん(72)をはじめ、生存者4人の証言を聞いた。ハミ村は1968年2月22日、青龍部隊(海兵第2旅団)によって民間人虐殺被害が行われたところだ。TFのイム・ジェソン弁護士は「民間人虐殺事件の中で、フォンニィ・フォンニャト村は相対的に多くの証拠が確保されており、供述を具体化することに重点を置いた。ハミ村の場合は十分な調査が行われておらず、1次証言の確に注力した」とし、「究極的な目標が国家賠償訴訟人だけに、韓国の裁判所が虐殺の事実を認められるほどの供述や証拠の収集を目標にしている」と説明した。

民弁TFと韓ベ平和財団は今年7月に市民法定準備委員会を設立し、ベトナム戦終戦記念43周年になる2018年4月に、ソウルまたは済州(チェジュ)でベトナム民間人虐殺被害者たちを原告とした市民法廷を開く予定だ。第二次世界大戦当時、日本の女性の性奴隷動員の責任を問うため、2000年12月に日本の東京で開かれた女性国際戦犯法廷からアイディアを得た。イム弁護士は「1999年の最初の報道以来18年間、韓国政府は被害者たちに対していかなる努力もしなかった」とし、「国家賠償訴訟を通じて1人でも被害事実が認められれば、政府が責任を持って乗り出さざるを得なくなるだろう」と見通した。

 



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