宗教の対立

十字軍、殺戮の歴史はここから始まった

権力装置としてのキリスト教 宗教に起因する戦争は多数ある。宗教をめぐっての争いは絶えなかった。しかし、そのほとんどがヨーロッパ周辺で起き、しかもキリスト教をめぐってのものであったことを歴史は示している。 大別すれば、一つは異教(徒)を弾圧・排除するための戦争であり、もう一つは「権力装置」としてのキリスト教(教会)に対する、いわば反乱の戦いである。 ユダヤ教の成立とほぼ同時期に出現した仏教、ヒンズー教、あるいは紀元7世紀に登場するイスラム教などの生成・発展の過程にも、この種の争いが皆無であったとはいえないが、その独善性、排他性の激しさにおいて、キリスト教のそれは言語を絶するものだった。 キリスト教による異教徒弾圧として、もっとも有名なのは、合計8回にわたって繰り返された十字軍の遠征だろう。この十字軍の遠征は約200年間続き、犠牲者は何百万人とは言わないまでも相当な数にのぼった。 第1回十字軍が組織されたのは1096年だが、「聖地エルサレム奪回」を掲げた彼らの“蛮行”ぶりはすさまじかった。エルサレムを陥れるや否や、イスラム兵士はもちろんのこと、老若男女を無差別に殺害したのである。しかも、そ […]

易姓革命

易姓革命について中国系日本人の石平氏が分かりやすく解説しているので紹介します。 易姓革命とは中国での王朝交替を言う。天帝の意志にが変わることによって王朝が交替すること。 中国では王朝が交替することを易姓革命と言った。易姓は王朝の支配者の姓がかわる(易る)こと、革命は天の神(天帝)の意志(命)がかわる(革る)ことを意味する。 殷(商)の紂王が悪徳の限りを尽くし、民を虐待したため、天の意志で周に交替したのがそのはじめであり、それ以後「革命」は中国では王朝の交替のことを意味していた。現在では revolution の訳語として使われている。なお、易姓革命の形式には禅譲と放伐の二つがあるとされている。春秋末期と戦国時代において、いわゆる「諸子百家」と呼ばれる思想家が輩出した。儒家、道家、墨家などの思想である。しかし紀元前206年から中国を支配した前漢王朝の時代、皇帝の政治権力によって「儒家の思想」だけが国家的イデオロギーに祭り上げられて、いわば「国教」としての儒教となった。それ以降の2千数百年間、「儒教思想」はほとんどの期間を通じて支配的地位を保ち、中国思想の中核となる。   &nb […]

科挙制度の問題点とヨーロッパの制度

中国の科挙は学科試験という概念を導入しましたが、その後は競争が激化してほとんど受からなくなってしまいました。 試験は3年に1度の中で、10回以上落ち続けている人もいました。 そんな人たちは、家がお金持ちだから、それが出来たのです。  そもそも、中国の隋に始まり、唐で発展し、宋で変質しながら、清まで継承された官吏登用制度。   中国では官吏選任は選挙といわれ、漢の武帝の時の郷挙里選で最初の整備が行われた。その後、三国時代の魏で九品中正制が始まり、有効な人材登用には至らなかった。 そこで隋の文帝は九品中正制を廃止して、学科試験による官吏登用制度を始めた。その制度が唐の時代に「科目による選挙」という意味で「科挙」と言われるようになった。しかし、実質的には隋の文帝(楊堅)に始まるとしてよい。隋の文帝は、門閥貴族による高級官僚独占の弊害を改めるため九品中正制に代えて官吏登用制度を新たに整備した。実質的には唐で整備され、その試験内容として儒学の経典が課せられたために儒学・儒教は官吏の必須の教学となったため、知識層に深く浸透し、また詩文の能力も重視されたことから、漢詩の創作が競われることと […]

日本とChinaの文化・思想の違い 2

中華思想と日本思想の違い『海と日本』 第20回  「大陸の発想VS島国の発想」 Chinaと日本。大陸の宿命と島国の限界が、両者の間に思わぬ発想方法の差異を育ててきた。 巨大な大陸国家であるChinaは6000年以上に渡って、東夷・西戎・南蛮・北狄の四辺と争いながら権力が存続してきた。周囲は敵であり力で劣れば国は収縮・消滅せざるをえない。 方や、国家の成立前から海洋によって隔離・保護されてきた島国の日本にとって、隣国は争うべき相手ではなかった。 業界最安級!月額1,380円~ギガ放題が利用できるWiMAX

日本とChinaの文化・思想の違い 3

中華思想と日本思想の違い 『海と日本』 第20回  「大陸の発想VS島国の発想」 Chinaと日本。大陸の宿命と島国の限界が、両者の間に思わぬ発想方法の差異を育ててきた。 巨大な大陸国家であるChinaは6000年以上に渡って、東夷・西戎・南蛮・北狄の四辺と争いながら権力が存続してきた。周囲は敵であり力で劣れば国は収縮・消滅せざるをえない。 方や、国家の成立前から海洋によって隔離・保護されてきた島国の日本にとって、隣国は争うべき相手ではなかった。 アジアに存在する、この異なる2つの立場は互いを理解することが出来るのか、そしてその未来は?

日本とChinaの文化・思想の違い 1

中華思想と日本思想の違い Chinaと日本。大陸の宿命と島国の限界が、両者の間に思わぬ発想方法の差異を育ててきた。 巨大な大陸国家であるChinaは6000年以上に渡って、東夷・西戎・南蛮・北狄の四辺と争いながら権力が存続してきた。周囲は敵であり力で劣れば国は収縮・消滅せざるをえない。 方や、国家の成立前から海洋によって隔離・保護されてきた島国の日本にとって、隣国は争うべき相手ではなかった。 アジアに存在する、この異なる2つの立場は互いを理解することが出来るのか、そしてその未来は? 業界最安級!月額1,380円~ギガ放題が利用できるWiMAX

中華思想の誤解が日本を亡ぼす

【加瀬英明&石平】中華思想の誤解が日本を亡ぼす[桜H22/9/16]   加瀬英明氏と石平氏のお二人で著されたばかりの『徹底解明!ここまで違う日本と中国』をご紹介いただきながら、両国の長い歴史と現状を踏まえた上で、中華思想の実像や、日本と中国の違いなどについて共に考察する「知の冒険」を通して得られた中国論・日本論の真髄についてお聞きすると共に、尖閣諸島をめぐる問題についてもご説明いただきます。 業界最安級!月額1,380円~ギガ放題が利用できるWiMAX

中華思想

中華思想(ちゅうかしそう)は、中華の天子が天下 (世界) の中心であり、その文化・思想が神聖なものであると自負する考え方で、漢民族が古くに持った自民族中心主義の思想。自らを夏、華夏、中国と美称[2]し、王朝の庇護下とは異なる周辺の辺境の異民族を文化程度の低い夷狄 (蛮族) であるとして卑しむことから華夷思想(かいしそう) 「漢民族」の意味が古代と現代では異なる点には留意である。古代のオリジナルの漢民族は黄河文明に住む極めて限られた民族だった。 中国語では「華夷秩序」(簡体字:华夷秩序、英語:Hua-Yi distinction)、また中国中心主義(簡体字:中国中心主义、英語:sinocentrism) とも呼ばれる。また中世・近代のベトナム王国でも、ベトナムこそがインドシナ半島の近代王国だとする思想があった。 中華思想は漢民族を中心としたものであり「中国皇帝が世界の中心」であり、朝廷の文化と思想が世界で最高の価値を持つとみなされる。そのため、異民族や外国の侵入に対しては、熾烈な排外主義思想として表面化することがある。 中国の歴史においては、はじめは北の遊牧文化に対し,漢民族の農耕文化が […]