韓国最大のタブー 20万人大量虐殺 保導連盟事件

韓国最大のタブー 20万人大量虐殺 保導連盟事件

保導連盟事件

保導連盟事件(ほどうれんめいじけん)とは、朝鮮戦争の最中である1950年6月25日、韓国国軍、韓国警察、李承晩大統領支持者らが共産主義からの転向者やその家族を再教育するためとして設立されていた統制組織である「国民保導連盟」の加盟者や収監中の政治犯や民間人などを大量虐殺した事件。韓国では保導協会員虐殺事件とも呼ばれる。

被害者は20万人から120万人。

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/13/South_Korean_soldiers_walk_among_dead_political_prisoners%2C_Taejon%2C_South_Korea.jpg/360px-South_Korean_soldiers_walk_among_dead_political_prisoners%2C_Taejon%2C_South_Korea.jpg韓国では近年まで事件に触れることがタブー視され、「虐殺は共産主義者によっておこなわれた」と言われてきたが、1990年代末に、全国各地で被害者の遺体が発掘され、実際にあった事件であることが確認された。2009年11月 、真実和解のための過去史整理委員会を通じて、韓国政府は、国家機関によって民間人が犠牲になったことを確認したと発表した。

国民保導連盟による弾圧

日本の敗戦時、朝鮮の抗日勢力においては民族主義者の潮流が衰退し、共産主義者が各地で主流を占めていた。李承晩率いる大韓民国政府は、ストライキや武装闘争を挑む南朝鮮労働党(南労党)を中心とする共産勢力に対して弾圧を行い、1948年12月1日、国家保安法を制定。1949年6月5日、要監視対象者の教化と統制をおこなう思想保護観察団体「国民保導連盟」を組織し、翌年にかけて末端組織を全国に拡大した。

「大韓民国絶対支持」「北傀儡政権絶対反対」「共産主義排撃粉砕」「南北労党暴露粉砕」を綱領に掲げるこの組織には、転向した党員が登録されたほか、抵抗を続ける党員の家族や単なる同調者に対しても登録すれば共産主義者として処罰しないとして加盟が勧められた。保導連盟に登録すると食料配給がスムーズに行われたため、食料目当てに登録した人々も多かったといわれ、警察や体制に協力する民間団体が左翼取り締まりの成績を上げるために無関係な人物を登録することもあったともいう。

韓国人が韓国人を虐殺した事件です 1950年に始まりました 韓国全土で虐殺が行われ169ヶ所で20万人の遺体が放置されています 日本人なら遺骨を掘り出し供養するのですが、供養もまともにできていません。

1950年6月25日、朝鮮戦争が勃発。朝鮮人民軍が南進しソウルに迫った。6月27日、李承晩大統領は保導連盟員や南朝鮮労働党関係者を処刑するよう命令を発し、同日中にソウルを脱出した。韓国軍、警察は釜山にまで後退する一方、保導連盟に登録していた人民を危険分子と見なして大田刑務所などで大虐殺を行った。

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