日本人は毛沢東が書き換えたウソの歴史に騙されてきた

日本人は毛沢東が書き換えたウソの歴史に騙されてきた

特別番組「日本人は毛沢東が書き換えたウソの歴史に騙されてきた

 

 

 

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教科書で習った中国史は、
現代中国に都合のいいように書き換えられたものだった!

日清・日露戦争の意義、満洲建国の実相、孫文や毛沢東の実像について、
日本人は驚くほど誤解している。
それというのも、毛沢東が、中国共産党の歴史的正統性を証明するために、
日本から影響をうけたということを、歴史からいっさい抹殺したからである。
本書は、気鋭の歴史学者がアヘン戦争から中華人民共和国設立まで、
日本人が知っておくべき中国史の真実に迫ったもの。
次々と明かされる〝歴史の裏側″に触れることで、あなたも、
日本人の歴史観が、いかに歪んだものかに気づかされるに違ない。
ロングセラー、待望の文庫化。

真実の中国史」宮脇淳子 海上知明 倉山満

 

中国の近代化はアヘン戦争からはじまったと日本や中国で教えられていますが、これは毛沢東が作った史観で、清朝の満洲人皇帝にとってアヘン戦争は「南部の異民族(支那人)の住処でなんか外国と争いがあったようだ」位の認識しかありません。

本当の意味での近代化のはじまりは日清戦争以降になります。

毛にとって日本によって近代化が促進されたということが我慢ならなかったのでしょう。

日清戦争後、人口も経済力も軍備も優れているはずの清国が日本に敗北したことは、清国に住む住人に大きなショックを与えました。(敢えて国民とは記載しません)

日本のように国民国家化しなければ清国も欧米列強に好きなようにやられてしまうという危機感から、日露戦争以前は約1000人、日露戦争中から以後は約8000人の清国の留学生を日本に向かわせました。

辛亥革命後、日本でマルクス主義を学んだシナ人留学生が「新文化運動」を開始します。

伝統的な儒教の要素がある社会体制が近代化を邪魔する元凶とし、シナを滅亡させないために民主主義や科学などといった西洋の思想を取り入れるべきと主張しました。

この新文化運動を行った学生たちが中国共産党の母体となります。

 

コミンテルン設立

 

1917年にロシア革命がおこり、1919年には全世界の共産化を目指すコミンテルンが設立されました。

その翌年1920年東方諸民族会議が開かれ、1921年に中国共産党が設立しました。

中国共産党の張太雷に誘われ堺利彦らがコミンテルンの極東民族大会に出席し、日本共産党が設立。

日本共産党はあくまでも中国共産党の下部組織で資金の流れも指揮命令も中国共産党からでした。

孫文の国民党と共産党の間で第一次国共合作が行われ、国民党のお金で留学中の中国人留学生は、日本国内の大学も左傾化していたこともあり、一気に左傾化しました。

対日工作の主な機関が1928年(昭和3年)に「中国共産党日本特別支部」が日本にて結成されます。

中国共産党日本特別支部は華僑が存在する東京、横浜、神戸、長崎、仙台、京都におかれました。主体は主に中国人留学生です。(内務省警保局保安課外事係の資料より)

年間多数の留学生が来日するため、対日工作を行うスパイと留学生を判別することは不可能でした。

ここだけを抜き出すと、戦前であっても現在の日本と状況は非常に似ています。

戦前はまともであったが戦後はスパイが入り放題であったというのは誤りだということが判ります。

 

 

 

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