サウジは糞

サウジリスク

供給過剰で積み上がる原油在庫、さらに忍び寄る需要鈍化の影

2018.10.26(金) 藤 和彦

 

WTI原油先物価格はこのところ1バレル=70ドル割れで推移している(北海ブレント原油先物価格も1バレル=80ドル割れの状態となっている)。

 10月に入ってトルコのサウジアラビア領事館で起きたサウジアラビア人記者ジャマル・カショギ氏殺害事件が世界を揺るがせている。この事件から生じたサウジアラビアリスクは原油市場にどのような影響を与えるのか。

9月のOPECの原油生産量は前月比12万バレル増の日量3268万バレルとなり、減産遵守率は前月の129%から111%に下落した。イランでは前月比15万バレル減、ベネズエラが同4万バレル減となったが、サウジアラビアやリビアは前月比10万バレル超の増加となった。リビアは政情不安にもかかわらず日量100万バレルの大台に回復しており、英BPやイタリアのENIの協力を得て来年(2019年)第1四半期に日量数十万バレルの増産が可能な状況になりつつある(10月22日付ブルームバーグ)。ロシアの原油生産も、ソ連崩壊後の最高水準を続けているものと見込まれる。

米国の原油生産量は10月に入り日量1120万バレルと過去最高を更新した。米エネルギー省によれば11月の主要シェールオイル産地の生産量は前月比10万バレル増の日量771万バレルとなる見通しである。米エネルギー省は「2019年の原油生産量は1180万バレルに達する」との見方を示していたが、米国内務省は10月17日、「インフラ面での課題はあるものの、2020年までに米国の原油生産量は日量1400万バレルに達する可能性がある」との予測を明らかにした(10月17日付OILPRICE)。米国産原油の輸出量が2020年までに現在の日量200万バレル強から同400万バレルにまで拡大するとの期待も出ている(10月9日付OILPRICE)。

一方、「11月から始まる制裁によってイラン産原油の輸出量をゼロにする」との米国の目標は達成の見込みがなくなりつつある。米国のムニューシン財務長官は10月21日「イラン産原油の輸出量は既に大幅に削減されているが、11月にゼロになるとは考えていない」と述べた。

また、イラン産原油輸入第1位の中国では、大連港に10月から11月初めにかけて過去最大量(計2200万バレル)のイラン産原油が到着することが明らかになっている(10月18日付OILPRICE)。イラン産原油輸入第2位のインドでも、9月の輸入量は前月比1%増の日量53万万バレルと下げ止まりの状態となりつつある(10月12日付OILPRICE)。

イランのザンギャネ石油相は10月22日、「イラン産原油を他の産油国の生産では代替できない」との主張を繰り返した。市場関係者の間で「イラン産原油の減産」は上げ要因としての効力を失いつつある。

 

不透明さを増す中国の原油需要

次に需要面である。

中国の9月の原油輸入量は日量905万バレルとなり、5月以来4カ月ぶりの高水準となった。冬の到来に備え独立系製油所(茶壺)の輸入量が前月比24%増となったからである(10月15日付OILPRICE)。9月の中国国内の原油需要は引き続き好調だった。

しかし、今後の需要動向は不透明さを増している。中国自動車工業協会が10月12日に発表した9月の新車販売台数は前年比11.6%減の239万台にとどまり、3カ月連続で前年水準を下回った。2桁の落ち込みは旧正月の時期を除けば異例である。対米貿易摩擦を受けた中国株の下落で新車購入の意欲が減退しているとの見方が一般的である。

中国株式市場の時価総額は、今年1月から約3兆ドル減少した。対米貿易摩擦の激化による人民元の下落が資本流出を招いている(10月19日付ブルームバーグ)。中国当局は10月に入り、資本流出を阻止するため、国内居住者による対外投資を制限する「窓口指導」に乗り出しているが(10月12日付ロイター)、人民元の不安定化に歯止めがかからない状態が続いている。

また、市場環境が悪化する中、ローンの担保として差し入れられた約69兆円相当の株式が大きな懸念材料となっている(10月17日付ブルームバーグ)。担保として差し入れられた株式の価値が下がれば、不動産ローンのデフォルトが高まるリスクが高まる(株式バブルの崩壊が不動産バブルの崩壊につながる)からである。このように中国株の下落が原油市場に悪影響を与える可能性が生じている(10月18日付OILPRICE)。

当局としては思い切った金融緩和を行いたいところであるが、消費者物価が上がってきているのが悩みの種である。9月の中国のCPI(消費者物価指数)は当局発表では前年比2.5%増だが、民間統計では16%増にまで跳ね上がっている(10月16日付ウォール・ストリート・ジャーナル)。

こうした情勢の変化に応じ、原油市場では「イランへの経済制裁」の次の材料として「忍び寄る需要鈍化の影」が浮上してきている(10月16日付日本経済新聞)。米中貿易戦争による中国経済の変調に加え、インドをはじめとする新興国の需要が減退するとの懸念である。

 

市場の需給の状態を判断するための原油在庫も再び積み上がりつつある。米国の原油在庫は今年6月以来の水準にまで増加し、石油製品の在庫を合わせると昨年10月以来の高水準である。世界の原油在庫も昨年第3四半期は日量90万バレル以上減少していたが、今年第4四半期に同5万バレル超の増加に転ずる見通しである。

2014年後半からの原油価格の動向を振り返ると、供給過剰により原油価格は1バレル=40ドル割れし、協調減産などで供給不足に転ずると同70ドル超えした。今後は同60ドル弱にまで低下していくのではないだろうか。

苦境に陥っているサウジアラビア経済

そう思っていた矢先に、深刻なサウジアラビアリスクの台頭である。

前回のコラムで「カショギ氏殺害事件でサウジアラビアは苦境に追い込まれる」との見立てを示したが、筆者の予想を超える事態にまで発展してしまったようだ。

国際社会からの非難に反発したサウジアラビアは当初国営メディアを通じて「原油を政治的武器に使う」とのメッセージを発した。市場関係者は「原油価格は1バレル=100ドルを超えるのではないか」と色めきたったが、10月15日にサウジアラビアのファハド・エネルギー産業鉱物資源相は「1973年のような石油禁輸措置を取る意向はないし、原油と政治とは別物だ」との考えを示した。さらにファハド氏は「10月の原油生産量は日量1070万バレルだが、近い将来日量1100万バレルに引き上げる用意がある。市場での必要性に応じて最大1200万バレルまで増産できる能力がある」と述べた。

1973年の第1次石油危機の際、OPEC諸国は原油を政治的武器に使用したとされているが、その結果は大失敗だった。原油価格の高騰で先進国の原油需要が冷え込みばかりか、北海油田など非OPEC産油国の台頭を許してしまったからである。

ファハド氏の発言は筆者の想定通りだったが、最後に「(我々が増産に努めても)原油価格が1バレル=100ドルを超えないと保証することはできない」と付け加えたのは意外だった。ファハド氏はこれまで原油価格の見通しにあまり言及してこなかったからだ。

このような不規則発言が飛び出した背景に、サウジアラビア経済が苦境に陥っている事実があるのは間違いない。

サウジアラビア株式市場では10月18日までの1週間の外国人投資家による売りが10.7億ドルに上り、2015年半ばに外資による直接購入が解禁されて以来最大規模になった(10月21日付ロイター)。10月22日の週になっても株式市場の売りが続いている。サウジアラビアは2016年から2年間で海外市場から680億ドル相当の借り入れを行っているが、カショギ氏殺害事件が明るみになって以来、通貨リヤルは売り込まれ、サウジアラビア国債の保証コスト(CDS)は30%以上上昇している。

サウジアラビアの脱石油経済化を強力に推進しているムハンマド皇太子の主導により、10月23日から首都リヤドで「未来投資イニシアティブ」が開催されている。だが事件発覚後、欧米の政府閣僚や金融機関のトップなどから欠席表明が相次ぎ、「砂漠のダボス会議」と呼ばれた昨年の華やかさとは様変わりである。ムハンマド皇太子の強権政治の影響から国内投資が冷え込んでおり、海外からの投資も落ち込むことは必至の情勢だ。何より問題なのは「ムハンマド皇太子自身が最大のリスクである」と国際社会が気づき始めたことである(10月19日付ブルームバーグ)。

経済の苦境を脱するために原油売却から得られる収入に頼らざるを得ない状況下では「原油価格は高ければ高いほどありがたい」というファハド氏の本音が垣間見えたのが先述の発言だったと筆者は考えている。だがサウジアラビアの増産姿勢が改めて鮮明になったことが原油価格への下押し圧力となり、原油収入は逆に減ってしまう(10月23日の会議でファリハ氏が重ねて増産の方針を述べたことで原油価格は1バレル=66ドル台にまで急落した)。

ムハンマド皇太子は窮地に

日本のメディアでは「事件にムハンマド皇太子が関与したかどうか」に焦点が集まっている感が強いが、欧米メディアでは「ポスト・ムハンマド皇太子」の議論も出始めている(10月19日付ZeroHedge)。その最有力候補はムハンマド皇太子の実弟であるハリド駐米大使(28歳)だ。ハリド氏は既にサウジアラビアに帰国したとの情報がある。

殺害されたカショギ氏はかつて情報機関のトップなどを歴任したトルキ・ファイサル王子の顧問を務めるなど王室と太いパイプを持っており、ムハンマド皇太子のやり方に反対する王子のグループに属していたと思われる。この事件を契機に反対派の王子達が一気に勢力を盛り返す可能性がある。

トランプ大統領は欧米首脳の中で唯一サウジアラビアを擁護しているかに見えるが、トランプ大統領の「サウジアラビアの投資が米国の雇用に欠かせない」との論調に対して「儲け最優先」との批判が出ている(10月18日付ロイター)。

しかしトランプ大統領が本当に頭を悩ませているのは、娘婿であるクシュナー氏とムハンマド皇太子との関係ではないだろうか。

米国の民主党下院議員は「クシュナー氏がカショギ氏をサウジアラビアの敵対者リストに加えたことが元々の原因だ」と述べている(10月22日付CNN)。ムハンマド皇太子は「なぜ米国はこの事件でこんなに怒っているのか。西側諸国が自分に対する立場を窮地に追い詰めたことを決して忘れない」とクシュナー氏に対し怒りを爆発させたとの情報もある(10月21日付アルジャジーラ)。24日には「トランプ大統領はこの事件で激怒しており、サウジアラビアに失望した」(CNN)、「米国政府は皇太子の交替を要求した」(フィナンシャルタイズム)と報じられている。

原油市場はサウジリスクを現段階で織り込んでいないが、窮地に追い込まれた手負いの獅子であるムハンマド皇太子の次の一手でサウジアラビアリスクは一気に顕在化してしまうのではないだろうか。

 

中東情勢の真実2018 Part2-トランプと中東戦略の行方

 

パネリスト

加瀬英明(外交評論家)

髙山正之(コラムニスト)

田中宇(国際情勢解説者)

藤和彦(経済産業研究所上席研究員)

馬渕睦夫(元駐ウクライナ兼モルドバ大使)

宮崎正弘(作家・評論家)

吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表)

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