安倍と竹中の売国戦略が日本を滅ぼす。

新自由主義をまっしぐらに突っ走る安倍政権。その背後には守銭奴竹中平蔵平蔵と孫正義がいる

では、まず竹中平蔵平蔵の素性を語らなければならないばならない。

構造改革による「供給(サプライ)サイド」改革は、「需要サイド」にも効果を及ぼすはずだというのが竹中平蔵の理屈だった。〝構造改革〟は実際には「政治的な戦略判断」で進められたものでした。もちろん「政治的な戦略判断」をしたのは小泉純一郎元総理です。そして「官から民へ」「改革なくして成長なし」という小泉氏の政策を実行したのが竹中平蔵平蔵でした。この〝構造改革〟で肝心なのは「医療、介護、福祉、教育など従来主として公的ないしは非営利の主体によって供給されてきた分野に競争原理を導入する」ことにあります。そこにはさまざまな利権が発生してきます。

どうやって売国奴であり守銭奴であり詐欺師である竹中平蔵平蔵のような人物が形成されたのか

市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像
(著:佐々木実)引用

彼は銀行員から出発して経済学者へ転身します。学者といっても経済理論の追求ではなく経済政策・国家政策に関わることに早くから関心を寄せていました。経済学者というのもそのために必要な肩書きだったのです(博士号をめぐるやりとりが詳説されています)。

彼の大きな転機となったアメリカへの留学、そこで竹中平蔵平蔵が見たものは、多くの経済学者たちが多額の報酬を受けて政策立案者として政府、政党あるいは企業の研究機関に参加している姿でした。それを目の当たりにして彼の関心は政策コンサルタントとして活動することに向けられたのです。帰国後、竹中平蔵平蔵は自ら政治家に接近します。政策コンサルタント業としては与党(自民党)、野党(旧・民主党、現・民進党)のどちらにもシンクタンクを設立させ、同時に主催していました。「抜け目ない知的起業家」という竹中平蔵平蔵の始まりです。

そして彼を重用した小泉純一郎元首相のもとで、金融再編、郵政民営化に象徴される〝構造改革〟の旗振り役となったのです。竹中平蔵平蔵の銀行界への敵意とも思えるような金融再編案をめぐるやりとりはこの本のクライマックスのひとつです。そこで描かれたりそな銀行をめぐる「自らの手は汚さず、監査法人を指嗾(しそう)して銀行を破綻させ、公的資金投入を実現する──その戦略」は企業小説を読んでいるかのようです。このりそな銀行をめぐる経過で明らかになったのは実は「株主からすれば、『りそな破綻』ではなく、『りそな救済』だった」のです。なぜなら、なんら「ペナルティーを科されず、政府から二兆円もの資金支援」を受けることができたからです。そして誰よりもこの処理を大歓迎したのが「海外投資家たち」です。竹中平蔵平蔵の言動には常にアメリカの影が見て取れます。留学時代に培ったアメリカ人脈は政策コンサルタント業としても彼の重要な〝資産〟となっていました。その一方でそれはアメリカの意向を竹中平蔵平蔵に伝えていたものでもあったようです。竹中平蔵平蔵の施策提案にはそれが反映していたとも思えます(その一例が紹介されています)。

政策に関与するようになった竹中平蔵氏に政界からこのような批判が出されました。
──竹中平蔵氏は「族議員と官僚のゆがんだ政策を正すために民間の有識者を政策決定のなかに入れている」という。では公の領域で自らの利益をはかろうとする人間はゆがんでいないのか。官僚と族議員がゆがんでいて財界人は全部まっとうだといういい加減な理屈は成り立たない。──(本書より)

正論だと思います。竹中平蔵氏の政策提案には利権・私益の匂いが感じられてなりません。正規雇用、非正規雇用の問題を語っても、竹中平蔵氏の言論には経済学者だけでなくパソナ会長としての顔も見え隠れします。佐々木さんが記しているように「竹中平蔵の話には、日本社会の改革を語りながら、パソナの市場開拓戦略にもなっている」のです。

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共同研究者の成果を収録しながら共同名でなく単著と出版した時から、つまり学者としての出発点から竹中氏には黒い影がつきまとっています。

小泉政権時の金融緩和策の顛末も詳細に描き出されています。この経過はこの本の大きな価値がある部分です。なぜなら現在の安倍政権が実施している金融緩和政策は当時のものと瓜二つだからです。TPPも小泉時代の「市場化」政策の延長にあります。

民間人の竹中平蔵が自社の利益最大化を狙い、日本の政策を決定する異常性

その時々の政治権力に接近し洗脳する術において優れた才能を発揮する竹中平蔵

竹中氏が、小泉政権期に、プライマリーバランス黒字化平均概念の潜在GDP発展途上国型マクロ経済モデル(IMFモデル)と、デフレを長期化させざるを得ない三つの「指標変更」を行ったことです。

そもそも、財政健全化の定義は「政府の負債対GDP比率の引き下げ」であるにも関わらず、政府の負債対GDP比率の決定要因の一つに過ぎないPBを目標に設定。結果、我が国は、「(国債関係費以外の)歳出を増やすためには、他の予算を削るか、増税するしかない」という状況に追い込まれ、デフレ脱却の財政出動が不可能になってしまいます。

さらに、高齢化で社会保障支出が増えることを受け、そもそもデフレ化を引き起こした元凶である消費税増税を、2014年に再び断行。案の定、2016年以降、日本は再デフレ化の道をたどっています。

また、最大概念の潜在GDPを平均概念に変えたことで、デフレギャップが「小さく見える」状況になりました。加えて、インフレギャップが「視える」という奇妙な状況になります。

バブル期やリーマンショック前など、日本の需給ギャップがプラス化しています。インフレギャップが数値で測定できる。つまりは、「日本経済は潜在GDPを超す生産を行い、需要された」という話になってしまうのです。

潜在GDPは、「日本経済に可能な最大の生産」ですから、インフレギャップが視えるということは、「生産されないものが、需要された」ことを意味します。

要するに、平均概念の潜在GDPは、実際には「潜在」GDPでも何でもないという話です。

潜在GDPの定義が最大概念から平均概念に変えられたことで、需給ギャップのマイナス(デフレギャップ)が小さく見えるようになり、デフレ対策が打たれにくくなりました。ついでに、完全雇用の失業率も上昇。日銀の定義では、完全雇用失業率は何と3.5%。今は、完全雇用を超える完全雇用という話になってしまいます。PB目標、平均概念潜在GDPに加え、マクロ経済モデルを需要牽引型ではなく、発展途上国向けのIMFモデルに変更され、我が国のデフレは長期化することになりました。

デフレ経済下では、竹中氏のような政商の「ビジネス」は拡大しやすいです。企業の人件費削減需要をつかみ、派遣労働の拡大。財政悪化を受け、インフラ整備をコンセッション方式に。デフレでルサンチマンが溜まった国民を煽り、「既得権益の農協を潰せ!」などと叫び、農協改革に代表される構造改革を断行。公務員ルサンチマンを煽り、行政窓口の派遣社員化

結果、竹中氏に代表されるレント・シーカーたちのビジネスが拡大し、国民が貧困化する反対側で、彼らは儲かる。

三橋貴明の「新」経世済民新聞』2017年6月3日号より

加計(かけ)学園」(岡山市)の獣医学部新設計画で、実現までに中心的な役割を果たした「国家戦略特区諮問会議」。特区の認定に「総理のご意向」があったとされることから野党は追及を強めている。実は、会議を巡って、特定企業の利益になるように議論が誘導されているのではないかとの疑惑が、以前からあった。

「昨年7月、神奈川県の特区で規制緩和された家事支援外国人受入事業について、大手人材派遣会社のパソナが事業者として認定された。諮問会議の民間議員の一人である竹中平蔵氏(東洋大教授)はパソナグループの会長。審査する側が仕事を受注したわけだから、審議の公平性が保てない」(野党議員)

これだけではない。農業分野で特区に指定された兵庫県養父(やぶ)市では、竹中氏が社外取締役を務めるオリックスの子会社「オリックス農業」が参入した。自民党議員からも「学者の肩書を使って特区でビジネスをしている」と批判の声がある。

農林水産委員会などに所属する宮崎岳志衆院議員(民進党)は、竹中氏が主張する農業分野での外国人労働者の受け入れが、人材派遣業界の利益につながりかねないと指摘する。

「民間議員はインサイダー情報に接することができるのに、資産公開の義務はなく、業界との利害関係が不透明だ」

批判が相次いだことで、国会も異例の対応を迫られる事態となった。<後略>

出典:民間議員・竹中平蔵氏に“退場勧告” 戦略特区に利益誘導批判 – AERA dot.

そもそも、「民間議員」ではなく、単なる民間人です。単なる民間人が、自社の利益最大化を狙い、○○会議に「民間議員で~す」と言って入り込み、政策を決定し、総理に提言。○○会議の提言が閣議決定され、国会を通るという、民主主義を無視する連中が暗躍しているのが(暗躍、ではないかも知れませんが)、現在の安倍政権。

 

竹中平蔵は米国のエージェント

竹中平蔵が大衆洗脳に使った言葉に、「公務員を減らせ」「官から民へ」「既得権益の打破」というプロパガンダ

竹中平蔵とは何者なのか?改めて国民は問いかけるべきだろう。小泉構造改革で格差を拡大させた張本人が安倍政権で復活、規制改革の旗振り役となり、ついこの間も「首切り特区」の必要性を声高に叫んでいたのである。そんな中、竹中の本性を抉ったのが佐々木実氏が書いた「市場と権力『改革』に憑かれた経済学者の肖像」という本で、新潮ドキュメント賞に輝いた。丹念な取材で浮かび上がったインチキ経済学者の正体を佐々木氏に聞いた。

自分の欲望のためにはありとあらゆる手段を使う

【日刊ゲンダイ】まず、竹中さんは学者なのか、インチキなのか。佐々木さんの本には竹中が中学高校時代から、政治の表舞台に登場するまでの半生が綿密な取材で描かれていますね。高校時代は民青のグループに出入りしていたのに、大学に入ると、決別したこと。大学時代に大蔵官僚の息子と仲良くなり、その家に頻繁に出入りしていたこと。計算高いというか、合理的な、上昇志向の持ち主であることがうかがえます。その後、一橋を出て、開銀に入り、そこで設備投資研究所というシンクタンクに配属される。当初はエコノミストですね。それからハーバード大の客員研究員を経て、帰国後、大蔵省の財政金融研究室に出向する。

【佐々木実】そこで長富祐一郎という官僚に出会う。この出会いが大きな転機になりました。長富さんは学者を重用した大平首相の補佐官を経験していて、大蔵省では多くの学者を束ねて研究会をつくり、政策提言などをしていた。業界からお金を引っ張ってくるのもうまくて、大蔵省の威光を利用して銀行や保険会社に資金や人を供出させ、大蔵省内に新設されたシンクタンクを運営していました。その長富さんの下で竹中さんは滅私奉公のように仕え、さまざまな手法、人脈を得ていくのです。ここで彼のスタイル、核になるものが確立されたと思います。

【日刊ゲンダイ】どういうスタイルですか?

【佐々木実】学者を使って政治に接近していく手法ですね。さらにいえば、そうした活動に必要な資金を経済界から引っ張ってくる手法も。

【日刊ゲンダイ】純粋に経済学を学ほうとするのではなく、常に権力に接近したいというか、そのための手段として、経済学や経済政策を利用する。そういうことですか?

【佐々木実】事実として、彼は経済学者になる前から政治権力への接近を試みています。自分の目標のためには、あらゆることを手段として使つてきたのが竹中さんだと思います。

《本質的に学者じゃない》

【日刊ゲンダイ】本に書かれていて、これも驚いたのですが、1990年ごろ、米国は日米構造協議で、日本にもっと公共投資をしろ、と迫つてきた。そうしたら、竹中はすぐに「日本の公共投資は十分ではない」という論文を書いているんですね。

【佐々木実】10年間で430兆円の投資を迫った米国に対し、竹中さんは430兆円では不十分と主張する論文を書いて、米側の要求を補強したのです。しかし小泉政権が誕生して経済財政担当大臣に就任すると、国債30兆円枠をはめて、公共事業を極端なまでに抑制した。主張している内容が数年間のうちに百八十度変わっているんですね。時局によってころころ主張を変えるわけだから、彼は本質的には学者じゃないと思います。

【日刊ゲンダイ】時の権力者の都合に合わせて、言うことを変えてしまう?

【佐々木実】彼の論法は巧みです。そもそも経済学者といえるのか、という経歴なのに、大臣になったとき、いきなり 『自分は学者だから、机上の空論と批判されるけれど……』と言い出した。こういう言い方をされると、『学者であること』が前提になってしまう。どういう論文を書き、どんな実績があるのか。ここが怪しいのに、『自分は学者だから批判されている』という論法でごまかしてしまう。

【日刊ゲンダイ】もうひとつ、佐々木さんの本で驚いたのが最初の著書も共同研究だったのに、共著にしなかったという事実です。うっかりではなく、共同研究の相手に単著で出す承諾を求めて、拒否されたのに、勝手に出版してしまった。相手の学者は竹中の本が出版されたとき、同僚の前で号泣したと書かれている。

【佐々木実】自分が這い上がっていくために、すべてのものを利用するという特徴をあらわすエピソードですね。人間関係がおかしくなっても意に介さない。こうしたやり方を徹底して行ってきた結果として、現在の竹中平蔵がある。

《パソナ会長が雇用規制改革を先導するおかしさ》

【日刊ゲンダイ】そんな人物が安倍政権の産業競争力会議のメンバーになって、首切り法案などの旗振り役になっている。これはどう思われますか?

【佐々木実】竹中さんが推し進めた新自由主義はリーマン・ショック後、格差拡大を招き、反省を求められた。かんぽの宿の不自然な売却が問題視され、竹中さんと一緒に規制緩和の旗を振った宮内義彦オリックス会長も叩かれた。ところが安倍政権が誕生して『アベノミクス』で株価が上がりだすと、日経新聞が宮内義彦氏を”私の履歴書”に登場させ同時に竹中さんも産業競争力会議に入って復権した。竹中さんは慶大教授であると同時に人材派遣大手、パソナの会長です。利害関係がある人物が雇用規制の政策に関与するのは明らかにおかしいのに大メディアはこうした基本的な問題を指摘しません。

【日刊ゲンダイ】佐々木さんは元日経新聞の記者ですね。なぜ、日本の大新聞は新自由主義を歓迎するんですか?

【佐々木実】ジャーナリズムの立ち位置を離れ、特定の政治勢力に新聞社自身が加担してしまっていることが大きいと思いますね。だから、客観的な分析ができない。新聞は平気で『岩盤規制』って書くでしょう。すべての規制はおかしい、という意味が込められている。そうやって読者を洗脳しているわけですよ。

【日刊ゲンダイ】首切り特区は今回、見送られましたが、決して安心できませんね。

【佐々木実】重要なのは特区という仕組みをつくったことです。規制緩和の中身は毎年、更新していくわけだから、今年がだめなら来年やればいいとなる。最近は追い出し部屋のアウトソーシングを請け負うような会社もある。追い出したい社員を出向させて、そこで履歴書を書かせて、再就職のアドバイスを受けるんです。日本履用創出機構という会社で、竹中さんが取締役会長を務めているパソナの子会社ですよ。

《日米で糾弾されるビジネス経済学者の卑しさ》

【日刊ゲンダイ】ますます竹中に雇用改革をやらせられませんね。もうひとつ、ズバリ、聞きます。竹中は米国のエージェントにも見えますよ。佐々木さんの本には、それを想起させる記述がたくさんあります。たとえば、竹中は1992年から96年まで日本と米国を行ったり来たりしている。慶大の授業は4~7月に済ませて、残りはコロンビア大で研究ということにした。93年3月にはニューヨーク郊外のウエストチェスターに豪邸を建てている。招かれた開銀時代の上司が驚いたら、竹中は運転手つきのハイヤーで紅葉見物に案内した。

【佐々木実】竹中さんが在籍していたコロンビア大の日本経済経営研究所のヒュー・パトリックさんにインタビューしましたが、竹中さんの英語の論文は読んだことがなかったと証言した。つまり、本格的な研究活動などしていなかったのです。何をやっていたかというと、『竹中さんはワシントンに足を延ばして活発に動いていた』と言いました。当時、米国のエコノミストや経済人に食い込むには日本経済の情報を提供することが早道だった。竹中さんも情報提供にいそしんでいました。

【日刊ゲンダイ】そういう人脈の中にいて、日本のためではなく、米国の利益のために仕事をしてきたのではないですか? つまり、売国奴というか、どうしてもそう見えますね?

【佐々木実】ある面から見るとそう見えるかもしれない。ただ国を売るという意識は竹中さん自身にはなかったかもしれない。経済分野の日米コミュニティーというものがあり、その輪の中に入ると、自分の主張も同調していくというメカニズムが働くのではないかと思います。

【日刊ゲンダイ】しかし、その輪の中にいる米国の学者も政府と民間を行き来し、巨額の富を得ていたことが批判されている。

【佐々木実】米国では『インサイド・ジョブ 世界普及の知られざる真実』というドキュメンタリー映画が作られ、ヘッジファンドなどから巨額の報酬を得ていた新自由主義の経済学者の生態が明らかにされた。私の本も含めて、リーマン・ショックを契機に、こういう経済学者やエコノミストってなんだろう、ということが問いかけられているのだと思います。ところがいま、日米は再び、お札をどんどん刷っている。マネー資本主義批判がどこかに吹き飛んで、世界が再び金融経済の肥大化に向けて走りはじめているようにも見える。竹中平蔵氏の復権はこうした大きな文脈のもとでとらえないといけないと思います。

(終)

~2013年10月31日の日刊ゲンダイより

 

竹中平蔵のお友達、木村剛日本振興銀行前会長の逮捕

小渕政権の1998年(平成10年)7月、小渕内閣の経済戦略会議(議長:樋口廣太郎)の委員に就任。議長代理の中谷巌を中心とした学者グループの一員として、戦略会議の理論的支柱を形成した。この経験が、のちに竹中が経済財政諮問会議を切り回す土台となった。

2001年(平成13年)の第1次小泉内閣で経済財政政策担当大臣とIT担当大臣。2002年(平成14年)の第1次小泉第1次改造内閣では経済財政政策担当大臣として留任し、また、金融担当大臣も兼任する。

2003年(平成15年)、第1次小泉第2次改造内閣においても留任、内閣府特命担当大臣として金融、経済財政政策を担当。2004年(平成16年)7月、第20回参議院議員通常選挙に自民党比例代表で立候補し70万票を獲得しトップ当選(史上唯一人の現職民間人閣僚たる新人参院候補)。同年9月、第2次小泉改造内閣において、参議院議員として内閣府特命担当大臣(経済財政政策)、郵政民営化担当大臣に就任。小泉内閣の経済閣僚として、日本経済の「聖域なき構造改革」の断行を標榜する。日本振興銀行に異例の速さで銀行業免許付与した。

2005年(平成17年)9月、第3次小泉内閣においても役職はそのままで再任。同年10月、第3次小泉改造内閣においては総務大臣兼郵政民営化担当大臣に就任。NHKの完全民営化にも乗り出したが、首相の小泉純一郎が民営化に否定的な見解を示した為、頓挫する。2006年(平成18年)9月15日、任期を4年近く残し政界引退を表明。同年9月28日、参議院本会議で辞職許可(これに伴い神取忍が比例繰上当選)。同年11月1日、自民党党紀委員会において9月29日に提出していた離党届が了承された。さらに同日、慶應義塾大学に復帰することが明らかにされた。 国務大臣の在任期間1980日(2001年4月26日 – 2006年9月26日)は戦後の連続最長在任記録である。

小泉政権下で金融担当大臣に抜擢された竹中平蔵は、郵政民営化に成功した余勢を駆って、異常な金融改革を断行した。

竹中大臣は欧米の無担保金融を信奉する確信犯であったが、竹中大臣が金融庁顧問にスカウトした木村剛は、巨大銀行と巨大企業30社を名指しで「つぶせ」と叫び、多くの優良企業を倒産させた実行犯である。

マスコミは狂気に満ちた竹中大臣の金融政策を支持した。

この時、海外で資金を集めた外資系ファンドが、暴落した不動産を一手に買い集めて巨額の利益を独り占めした。

木村剛はどさくさにまぎれて日本振興銀行を設立した。しかし日本振興銀行は設立7年にして倒産した。竹中大臣の下で権勢をふるった木村剛は犯罪者に転落し、逮捕され、乱脈経営が白日の下にさらされた。

 

小泉政権後は、慶應義塾大学総合政策学部の教授[ のほか、同大学グローバルセキュリティ研究所所長、日本経済研究センター特別顧問、同センター研究顧問、森ビルのアカデミーヒルズ理事長、関西大学会計専門職大学院の客員教授を務めている[19]。河野太郎、山本一太、世耕弘成らが結成した勉強会「プロジェクト日本復活」では顧問に就任している。また、人材派遣業のパソナにて特別顧問を務めたのち、同社の親会社であるパソナグループの特別顧問を経て取締役会長に就任した。
2008年には韓国政府のアドバイザーとして顧問団に迎えられ、李明博という人物の颯爽と物事に対応する姿勢や前向きな政策論など、李明博が持つ並外れた強さに大いに感銘を受けたと語っている

2012年9月、日本維新の会が、2012年衆院選の候補者を、選定するための「公募委員会」委員長に起用された。

第2次安倍内閣では、2013年1月8日、日本経済再生本部の「産業競争力会議」メンバーに内定。現在は、民間議員という立場にある。2014年1月からは、内閣府に置かれた、国家戦略特区の特区諮問会議メンバーとしても、活動をしている2014年1月6日、田原総一朗、宮内義彦ら共に、NPO法人の万年野党を設立。5月31日、国家戦略特区のシンポジウムを東京・六本木で開催した。

2015年には、オリックス社外取締役及び新生ホームサービス株式会社特別顧問に就任した。2016年、慶應義塾大学を定年退職し、東洋大学国際地域学部教授及び同大学グローバル・イノベーション学研究センター長、SBIホールディングス社外取締役。また、藤田勉一橋大学特任教授の誘いで、RIZAPグループ経営諮問委員会委員に就任。

金融再生プログラムは通称「竹中プラン」と呼ばれ、不良債権処理を推進すると就任時に演説した小泉総理の命を受け、経済財政政策担当大臣に着任、その後の内閣改造では金融担当大臣を兼務した。竹中の手により不良債権処理プログラムが作成され、銀行の資産査定についてDCF法を採用し厳格化すること、繰延税金資産の計上を適正化すること、自己資本比率の劣る銀行は公的資金を注入することなどの方針が定められた。

金融再生プログラムは通称「竹中プラン」と呼ばれ、不良債権処理を推進すると就任時に演説した小泉総理の命を受け、経済財政政策担当大臣に着任、その後の内閣改造では金融担当大臣を兼務した。竹中の手により不良債権処理プログラムが作成され、銀行の資産査定についてDCF法を採用し厳格化すること、繰延税金資産の計上を適正化すること、自己資本比率の劣る銀行は公的資金を注入することなどの方針が定められた。

郵政民営化など、竹中が進めた経済政策について、「アメリカのいいなりの経済政策を行っている」(対米従属)という批判に対し、竹中は「民間でできることは民間でやることが国民や国全体のためになるという思いでやっている」(官から民へ)、「アメリカのためにやるなどと考えたこともない」などと答弁した。

また、「規制緩和で既得権を失う人たちが、私のことを憎いと思って、そういう感情的なレッテルを無理矢理貼っている。これは抵抗勢力の常套手段です」とも発言している。ノーベル賞経済学者ジョセフ・E・スティグリッツから寄せられた批判では、ワシントン・コンセンサスの実現によって「格差社会」が世界中に広がっているとされ、その中で竹中の経済政策も槍玉に挙げられた。

竹中は「グローバリゼーション・技術革新によって、相対的にモノが安くなること(相対価格の下落)はよいことである。ただし、物価全体(一般物価)が下がり続けるという状況は避けなければならない」と述べている。

 

2003年(平成15年)2月7日、閣僚懇談会において、各閣僚に上場投資信託(ETF)を積極的に購入するよう要請した同日の記者会見において、記者からETFを買いますかと問われた際、絶対もうかると思うから買うという趣旨の発言をした。

 

この竹中の発言は、金融市場を監督する内閣府特命担当大臣(金融担当)であるにもかかわらず特定の金融商品の有利性を喧伝している、ETFは元本が保証されない金融商品であるのに「絶対儲かると思うので買う」と発言するのは問題があるなどと批判された。

第156回国会では野党を中心に批判が強まり、仮に証券外務員が顧客に対してこのような発言をすれば違法行為になる、金融のトップがお墨付きを与えたと受け取られるような発言が悪用される恐れがある、などと批判がなされた。まず衆議院財務金融委員会では、五十嵐文彦から「証券会社の営業マンが、絶対もうかるから買いなさいと言ったら、これは言ってはいけないこと」[57] と指摘がなされたうえで、証券会社の従業員が自ら発言せずとも竹中の発言を援用して金融商品を販売した場合、問題になるのではないかと質された[57]。同様に、衆議院本会議において、山花郁夫から「金融担当大臣としてこうした発言をすれば、どこかで悪用されることは十分にあり得る」[58] と批判され「仮に、証券会社の営業マンが、ホームページに掲げられていた旨を告げ、あるいは、そのホームページのコピーを示してETFの勧誘を行った、こういうケースの場合、証券取引法四十二条その他関係法律に違反する」[58] と指摘された。

BS朝日・朝日ニュースター放送の番組『竹中平蔵・上田晋也のニッポンの作り方』にて「民営化した日本郵政はアメリカに出資せよ」との見解を語った。米国のバブル経済が崩壊し、サブプライムローンに端を発した問題が顕在化し始めていたさなかの2008年4月の番組にて提案している。

『民営化された日本郵政はアメリカに出資せよ』と申し上げたい。ある国が政治的な意図をもってアメリカの金融機関を乗っ取ってしまったら、アメリカ経済が影響を受けるのではという懸念も出てきている。日本郵政は民営化したので、今はSWFではない。だからアメリカから見ると安心して受け入れられる民間の資金。アメリカに対しても貢献できるし、アメリカの金融機関に出資することで新たなビジネスへの基礎もできる。」として郵政マネーをアメリカへ出資すべきとの見解を語った。

2015年1月1日テレビ朝日の‪朝まで生テレビ!‬に出演した際に「正社員をなくせばいい。正社員は非正規社員を搾取している。」と発言したことが話題になっている。 将来的には正社員を非正規社員と同等の待遇へと移し、同じ賃金や待遇を得られる「同一労働・同一賃金」の制度が必要だと主張している。

金融担当大臣時代に、自ら木村剛を選び金融庁顧問にした。その為、木村と深い連携関係にあり、互いを擁護する発言を続けていた。小泉・竹中・木村剛ラインと言われた。

竹中が2004年(平成16年)の第20回参議院議員通常選挙に立候補した際は新橋で応援演説を行った。
木村が理事長を務める『フィナンシャルクラブ』の最高顧問を竹中が務めていた。
木村が立ち上げた日本振興銀行を推したのも竹中。
高杉良の経済小説には、竹中・木村と竹中の側近であった岸博幸の3人が、日本の経済政策を誤った方向に導く人物として仮名でたびたび登場している。

郵政民営化広報チラシ問題

内閣府政府広報室が頒布した郵政民営化を広報する新聞折り込み広告について、野党は以下の点を追求した[。

竹中の政策秘書の『知り合いの人物が経営する会社』に発注したことその契約が随意契約であること竹中もしくは秘書官が『圧力』をかけたのではないかということまた、契約も配布先も決まっていない段階で仕事が進められていたことや、登記簿を調べないで契約していたことなどが明らかにされた。

また、広報の作成並びに契約等々の経緯についての政府参考人の答弁や説明において意図的な資料の改ざんがあったのではという指摘をうけたことに対し、政府広報室を管轄する内閣官房長官の細田博之が遺憾の意を示した。竹中も大臣として謝罪を求められたが、個別の契約行為は自分の所管外だと答弁している。竹中は会社社長と名刺交換したことはあるが、食事をしたこともなく特別な関係はないとしている[。

また、「随意契約の場合、契約書の締結が必要」との会計法の定めを発注担当者が順守していないため同法違反だという指摘に対しても、内閣府政府広報室の業務については所管外であり「答弁する資格がない」と回答している[。

また、契約についての想定問答集やIQ(知能指数)の低い層にターゲットを絞った広報戦略を示した同社の資料についても承知していないと述べた。

ミサワホーム売却問題

ミサワホームが産業再生機構を経てトヨタ自動車に売却される過程で、竹中らによる「公権濫用」があったとミサワホーム元会長が告訴(訴追には至らず)。

2004年(平成16年)12月28日、ミサワホームが経営不振から産業再生機構の管理下におかれ、翌年3月31日、トヨタ自動車がミサワホームのスポンサーになることが決定した。このミサワホーム売却を巡り、ミサワホーム創業者の三澤千代治側が竹中を警視庁に刑事告発した。

2002年(平成14年)5月、兄・宣雄(当時ミサワホーム東京社長)が「弟の平蔵と話しているのだが、(産業)再生機構を活用したらどうか」と三澤(当時ミサワホーム会長)に提案した。三澤はその提案を拒否したが、その後ミサワホームの経営状況は悪化の一途を辿り、不良債権化の懸念が強まった。

2003年(平成15年)10月、竹中宣雄が「弟から電話があった。トヨタの奥田会長と会ってほしい」と三澤に再度要請した。くわえて、会談の前日には平蔵自らが三澤に日時の確認を行っていた。

これらの行為に対し、三澤は「国務大臣としての職務を逸脱した一企業への圧力であり、職権濫用にあたる」と主張し、刑法193条に基づき「公務員職権濫用罪」容疑で警視庁に刑事告発した。竹中側は「適正な職務執行であり、職権濫用ではない」と反論し、三澤の主張を否定している。国会審議でも竹中の言動について取り上げられたが、竹中自身は指摘された事実はないとして、三澤側の主張に反論している。結局、訴追には至っていない。

マクドナルド未公開株問題

日本マクドナルドの株式を未公開当時から1500株保有。2001年7月の店頭公開で巨万の富を手にした。「濡れ手に粟だ」と批判されている。

日本マクドナルドの株式を未公開当時から1500株保有。2001年7月の店頭公開で巨万の富を手にした。「濡れ手に粟だ」と批判されている

パソナ取締役会長としての利益相反問題

竹中は小泉政権時代に国公立大学・大学院の教職にあるものの兼業規定を廃止することを主張。現在では政策研究大学院大学(規制改革会議の大田弘子が一例)や一橋大学などが兼業規定を事実上撤廃もしくは緩和している。したがって、政府の民間議員や有識者委員になる学者が、民業の要職に就任しているというケースが生じる。

このような背景から、政府の政策決定における利益相反を深刻化させてしまう問題が指摘されている[90]。竹中はテレビ愛知の討論番組「激論!コロシアム 〜これでいいのか?ニッポン〜」の中で、三橋貴明の批判に対して成功した者の足を引っ張っているだけとして「根拠のない言いがかりだ。失礼だ! 無礼だ!」と反論したが、利益相反が起きることについては認めた。

加計学園問題については、竹中は他の民間議員らとともに「一点の曇りもない」と釈明している。

ASKAとパソナ子会社の女性社員が逮捕されたことで知られるようになったパソナの迎賓館「仁風林」で、女性芸能人やパソナ子会社のコンパニオンたちが政界・財界の男たちを接待していた疑惑について竹中は、「いろいろな企業の方を集めてセミナーをしています。はっきり言って真面目なパーティですよ。」とコメントしている。

大宅壮一ノンフィクション賞受賞ジャーナリストの佐々木実は、「利害関係のある人物が雇用規制の緩和に関与するのは、政治が生む利益を追い求める『レントシーカー(利権あさり)』だ。」それが、竹中氏の正体だと言っている。

経済小説作家の高杉良の作品には自分の利益をむさぼる政治家・政商として仮名でたびたび登場する。

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