セレウコス朝シリア

ヘレニズム文化が残したもの

ヘレニズムはギリシアにとって最盛期の時代であった。この時期に、ギリシアの文化、権力、支配は当時知られていた全世界に及んだ。ギリシア文化はすでに直前の古典期にその絶頂に達していた。ヘレニズム期にはギリシアはその文化を活発に輸出し、その後それらの地域から生まれてくる文明、即ち、ローマ文明、ユダヤ・ダイアスポラ文明、イスラム文明、そしてキリスト教文明に消えることの無い刻印を残した。     紀元前4世紀前半、スパルタ、テーバイ、アテネらは勢力争いを繰り広げたがどのポリスも覇権を唱えることができず、さらにはその力を失墜させて行った。その中、北方で力を蓄えていたマケドニア王国のフィリッポス2世がギリシア本土へ勢力を伸ばしてゆく。特に第三次神聖戦争では隣保同盟の主導権を手中に収め、その後もアテネ・テーバイ連合軍をカイロネイアにおいて撃破、ギリシア征服を成し遂げた。ピリッポス2世はコリントス同盟(ヘラス同盟)を結びその盟主となってペルシア遠征を決めたが、前336年暗殺された。その後を継いだのが大王アレクサンドロス3世である。       ギリシアの覇 […]