孝明天皇

歴代天皇 121孝明天皇

仁孝天皇の第4皇子。母は藤原雅子(新待賢門院)。父の死により皇位をつぐ。攘夷(じょうい)鎖国をのぞみ,幕府が勅許をまたずアメリカなどと修好通商条約に調印したため,一時譲位を表明。その後公武合体をうけいれ,妹の和宮を将軍徳川家茂(いえもち)に降嫁させた。慶応2年12月25日死去。36歳。 1831年7月22日(天保2年6月14日)、仁孝天皇の第四皇子として誕生。煕宮(ひろのみや)と命名された。傳役(養育係)は近衛忠煕が就き、1835年7月16日(天保6年6月21日)儲君。1835年11月8日(天保6年9月18日)、親王宣下により統仁親王となった。 1840年4月16日(天保11年3月14日)、立太子の儀が行われ皇太子となり、1843年(天保14年)には侍講に中沼了三を迎えた。1846年2月21日(弘化3年1月26日)、仁孝天皇が崩御。3月10日(弘化3年2月13日)に践祚した。 1846年10月19日(弘化3年8月29日)、幕府へ海防強化及び対外情勢の報告を命じ、幕府は異国船の来航状況を報告した。翌・1847年4月23日(弘化4年3月9日)、学習所(学習院)の開講式が行われた。 6月8日 […]