崇峻天皇

歴代天皇 32代崇峻天皇

即位5年後の592年に臣下によって暗殺されてしまいます。日本の歴史において臣下によって暗殺された天皇は記録上、崇峻天皇のみです。このような一大事件が起こったのが崇峻天皇の時代でした。 崇峻天皇(泊瀬部天皇:はつせべのすめらみこと)は元々、蘇我と物部の勢力争いに乗じて即位した天皇です。 用明天皇(聖徳太子の父)が亡くなったあと、誰を次の天皇にするか、もめている最中に、最有力候補であり物部が推していた穴穂部皇子が蘇我の兵に殺害されてしまいます。 物部と蘇我は仏教を受け入れるかどうかについても対立していました。 古くからの伝統を持ち物部神道を擁する物部一族は当然排仏派。これに対して新興勢力で宗教的基盤のない蘇我は仏教を導入して、それを自分たちに都合のよい宗教勢力に育てようとしていました。そしてここにきて天皇後継者を巡る争い。 そこでこの穴穂部皇子殺害事件をきっかけに両者は武力衝突に至ります。このとき、敏達天皇妃の額田部皇女(後の推古天皇)・聖徳太子・泊瀬部皇子らが蘇我側に参加しました。 はじめ元々「もののふ」を支配する故に物部の名を持つ、軍事的経験の深い物部が優勢でしたが、やがて当時14歳の […]