敏達天皇

歴代天皇 30代敏達天皇

6世紀中葉の天皇で、記紀では第30代に数えられる。『日本書紀』によれば在位は14年間とする。渟名倉太珠敷(ぬなくらふとだましき)(沼名倉太玉敷)天皇(命(みこと))、譯語田(おさた)天皇ともいう。息長真手(おきながまて)王の娘広姫(ひろひめ)を后(きさき)としたが薨(こう)じ、ついで豊御食炊屋姫(とよみけかしきやひめ)(後の推古(すいこ)天皇)を后とする。 『日本書紀』には朝鮮三国(高句麗(こうくり)、百済(くだら)、新羅(しらぎ))との交渉、造仏関係、あるいは吉備白猪(きびしろい)の屯倉(みやけ)に関する「田部の名籍」の伝えなどを、その治世におけるできごととして記している。墓は河内(かわち)の磯長(しなが)中尾陵(大阪府太子(たいし)町)とする。 [上田正昭]出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について    史上初めて夫婦ともに天皇となった敏達(びたつ)天皇と推古天皇である。 父親はともに欽明(きんめい)天皇。この時代、子供は母親のもとで育てられたから、同母兄妹の間の婚はタブーだった。しかし、異母同士の場合は「血の濃さ」がむしろ尊ばれた。 […]